◆ 学院編 卵
それから一週間が過ぎた。
その間、俺たち『サヴォワール』寮生を含む一年生は、校舎内の案内や教科書の配布、各種オリエンテーションに追われていた。学院の規則や授業の進め方、学内の施設の使い方など、初めての環境に戸惑いながらも少しずつ慣れていった日々だった。
慌ただしさに紛れて、ナタンともゆっくり話す機会がほとんどなかったぐらいだ。朝夕に四人で顔を合わせる程度で、食事は授業開始までは決められた席でとることになっていたため、自由に話せる時間は限られていた。
そして迎えた朝。朝靄の残る校庭に本鈴の鐘の音が響き渡る。初春の肌寒い風が袖口をくすぐるなか、俺たち一年生は本校舎の中庭に整列していた。
いよいよ、初めての正式な授業が始まる。
先ず、第三寮『ソルスティス』の寮監、ルシアン・ボンシャンが生徒たちに命じたのは、魔術適性に応じた属性ごとのチーム分けからだった。
それは、生徒一人一人の属性をお互いが確認すると同時に、今後行動を共にする可能性のある同じ属性の仲間たちとの初顔合わせを兼ねたものでもあった。
風、火、水、土――魔術の属性は、表向きにはこの四種だけ。
だが、『光』の存在については、一切言及されることはなかった。
それは、俺の持つ『光属性』に関して、かなり厳重に箝口令が敷かれ、学院内でも限られた者しか知らない秘密事項となったからだ。
加護の授与に同席していたリシャール殿下やアルチュール、ナタンたちも例外ではなく、昨晩、夕食後に個別に呼ばれ、口止めされたと本人たちから聞いている。
もっとも、彼らが軽々しく外に漏らすような人物でないことは、言われるまでもなく分かってはいるが……、
いや、ナタンなら機会があれば、「うちのセレスさまは、光の属性もお持ちなんですよ」とか自慢気に言いかねない……、と想像して、思わず苦笑が漏れた。
――不安はつきない。
原作の展開からすでに逸脱してしまった今、俺の知る「物語」は、もう当てにならない。
この先、何が待っているのか? 微かなざわめきが心の底にじんわりと沈んでいる。
「では、これより一人ずつ魔術師の伝書使となる“コルネイユ”の卵を授けます。各自、この授業が終わったあと、一旦、自室に戻って保管し、一日一度、忘れずに魔力を与え、大切に育てて下さい。魔力の与え方については、第二寮『レスポワール』のジャン・ピエール・カナード寮監が後ほどお話しいたします。また、孵化の時期は個体差がありますが、強い魔力を感知すればより早く殻を破ることでしょう」
長い灰色の髪をまっすぐに伸ばし、後ろで一つに束ねたルシアン・ボンシャンは、始終穏やかな笑みをたたえながら、静かにそう告げた。年齢でいえば五十代後半のはずだが、どう見ても三十代前半にしか見えない。もしかして人魚の肉でも食べたのか、何かの仮面でも着けたのか――そんな突拍子もない妄想が浮かんでしまうくらい、彼は現実離れした雰囲気をまとっている。
原作本編では、実は、他の講師全員が束になってかかっても敵うかどうかは分からない最強の魔導士と表記され、剣術魔法の授業が『サヴォワール』のデュボアが担当しているのは、ボンシャンに任せると下手したら死人が出るかもしれないから――などと実しやかに噂されていたりする。
「では、デュボア先生、配布をお願い致します」
「おうよっ。任せとけ」
ボンシャンの指示のもと、デュボアが大きな木箱を抱え、整列した一年生に次々と卵を手渡す。
木箱の中からひとつずつ取り出されるそれは、硬い漆黒の殻に覆われていた。
生徒たちは、にわかにざわめき、期待の混じった視線を交わしている。
この世界において、コルネイユは伝令や私的通信に主に使われていて、彼(彼女)らは主に似た性質を持つと言われるのだが、つまり、それは育て方次第で性格や能力が変わるということだ。
……育て方次第。
俺が孵化させたら、伝令を途中で落っことしてきたり、勝手にどこかへ寄り道したり、人気のない所で二人っきりで居る生徒を身を潜めて観察するコルネイユになったりして?
そんな想像がふと頭をよぎり、思わず自分で笑いそうになる。
――いやいや、真面目にやらねば。
そう気を引き締めたところで、ついに俺の名前が呼ばれた。
「セレスタン・ギレヌ・コルベール」
リアクション、ブクマありがとうございます♥
こんなにいただけるだなんて思っていませんでした。
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾(o_ _)o)) コツコツ頑張ります♪