◆ 学院編 仲間
カーテンの隙間から、まだ沈みきっていない夕陽の橙が差し込んでいて、木製のデスクに柔らかく影を落としていた。
窓の外からは、どこかの部屋で誰かが弾いているらしい古い楽器の音が風に乗ってかすかに聞こえてくる。
部屋は個室にしては思っていたよりも広く、造りも堅牢だ。
壁際には作り付けの書棚と小さなワードローブも備え付けられており、寝台はシングルサイズだが収納付きアルコーブベッドで、白を基調にしたカーテンがかかっていて、普段、ソファーとしても使えそうだ。
「……何この貴族仕様」
まあ、実際この体の持ち主は正真正銘、王家に次ぐ名門コルベール公爵家の嫡男。他の生徒もほぼ貴族だし、それも当然か。
俺は部屋の中央でくるりとひと回りして、改めて空間を見渡し、それから柔らかそうなベッドにダイブした。
「はぁぁああ。疲れたぁ」
……ふぅ、と小さく息をつく
加護を受けた『ベネン』を眺めてもまだ全然、実感がない。まるで舞台の袖に立って、幕が上がるのを待っている役者みたいな気分だ。いや、そもそも俺はこの劇に出演する予定のなかった部外者なんだけど……。
夢みたいな話――そう思う反面、体の下のベッドの感触や目に映る光景が、ここが現実であることを否応なく突きつけてくる。
異世界に転生して、しかも愛読していたBL小説の当て馬キャラになるだなんて、都合が良すぎて現実味がなさすぎる。しかし、俺は確かにここにいる。
仰向けになると見上げた低い天井は白く滑らかで、差し込む陽の光がゆっくりと形を変えながら移ろいでいた。
その時、ふと、先ほどのアルチュールの口の動きを思い出す。
「あとで行く」って……マジで来るつもり?
ああ、もう認めるわ。
この物語りの当て馬キャラって、こんなにモテ設定の人気者だったっけ?
そんなはずない、と頭を振る。
俺の知ってるセレスタン・ギレヌ・コルベールは、確かに見目麗しく聡明な青年だったが、自分の気持ちを言葉にするのが超絶下手くそで、大雑把に言えば堅物。ゆえに、肝心の本命である『金の君』には友人と思われたままなんら進展はなく、報われない片想いを抱え身を引く切ない役回りだった。
それがどうして、その本命のリシャール殿下に加えてアルチュール、ナタン、レオまで妙に好意的なんだよ。
「フラグ……、変わってないよな? 変な展開になったら俺、全力で逃げるぞ……?」
俺が好きなのは、オッパイであり、雄っパイではない。
不安を拭いきれないまま、もう一度深く息を吐く。
「はぁ、先ずは近い将来、来るかもしれない国を襲う厄災に向け、そして推しキャラたちを守るためにも、この学院で出来ることはやっておかないとな……」
だらりと伸び切った体の隅々に心の中で号令をかけ、起き上がって部屋の隅に置かれていたスーツケースに手を伸ばす。
既にこの世界は原作ルートから外れてしまっている。次に何が起きるかは分からない。しかし、少なくとも現在のセレスタンとしての学生生活が、今、ここから始まるのだ。
荷物をほどいてようやく現実的な「生活」の手触りを確認し始めた矢先――不意に、扉がコツ、コツと二度、控えめに叩かれた。
思ったより早い。「あとで行く」と言われたが、あれからまだ五分ぐらいしか経ってないような気がする。
俺は軽く身なりを整え、扉を開けた。
予想通り、そこに居たのはアルチュールだった。
「よう、入っていいか?」
軽く無造作にかき上げた前髪の隙間から覗く鋭い双眸に、一瞬たじろぎそうになる。近距離で見るイケメンは凄まじい。けれどその声音は、思ったよりもずっとくだけていて、やや気恥ずかしそうですらあった。
初めてお友達のお部屋に遊びに来ました、ってところだな。
「どうぞ。早いな。自分の荷物は片付けなくていいのか?」
「んなの、後でいいだろ」
学校から帰宅後、玄関で靴を脱がず、ランドセルを上がりかまちに置きっぱなしにして、そのまま友達の家へ走って行く昭和の子供か?
扉を開けて促すと、アルチュールは躊躇いなく一歩足を踏み入れ、そして、部屋の中をぐるりと見回した。
「同じ作りなんだな」
「ん?」
「てっきり、セレスの部屋はもっと豪華なんだと思ってた。……王家に次ぐ名家の嫡男だし」
俺は小さく肩をすくめ、曖昧に笑った。
「殿下の部屋も同じだと思うぞ」
実際、原作でも各生徒の寮の間取りに違いはない。
「へえ、そうなのか」
無遠慮に歩を進めながらそう言ったアルチュールの視線が、ふとデスクの上で止まる。
彼の長身が影を落とす先には、担当するプティ・フレールが俺だと分かったあと、レオが急いで作ってくれたサシェと小さなメモがあった。
アルチュールの眉が、ぴくりとわずかに動いた。笑みも消えて無言のまま、表情がやや強張る。俺は内心で「あ、拗ねた」と気付く。口元はへの字。でも目線はメモから離れない。分かりやすすぎて可愛い……、などと一瞬、思ってしまった。
「セレスのグラン・フレールはやけに気が利くんだな」
アルチュールはそっけなく言いながら部屋の反対側の壁に視線を移す。
そのとき、また扉が「コンコン」と控えめに鳴った。
アルチュールに軽く目配せしてから扉を開けると、現れたのは予想を裏切らない顔ぶれ――リシャール殿下とナタンだった。
「セレスさま、荷解きは順調ですか?」
先に口を開いたのは、ナタン。
「いや、まだだけど別に手伝わなくていいぞ。自分で出来る」
ナタンは「いえ、別に手伝いに来たわけではなく、このあと、一緒に食堂に行こうと誘いに来ただけです」と笑みを浮かべ、そのまま部屋の中に足を踏み入れる。「まさか、先客が居るとは思いませんでしたけどね」
ナタンの視線が、デスク前のアルチュールの方へと流れた。何気ないように見える仕草に、わずかに探るような色が混じっている。
続いてリシャール殿下も部屋に入って来た。その動きに一切のためらいはなく、あまりにも自然で、まるでここにいるのが当然とでも言いたげだ。
「来る途中、リっシャーールと会いました」
「殿下と呼べ。邪魔をするよ、セレス」
何この、異常にイケメン密度の高い空間。
こんな展開望んでたわけじゃないんだけど……。
そんな俺の内心とは裏腹に、その場の空気は以外にも和やかで、結局、四人で他愛もない話をしながらまったりと過ごした。
やがて時計塔の鐘が鳴り、「じゃあ、行こうか」とリシャール殿下が立ち上がる。
こうして、顔面偏差値の暴力ともいえる三人に囲まれた中身こってり腐男子オタクな俺――という、なんともチグハグなパーティーで、食堂へと向かうことになった。
センター俺、左右にリシャールとアルチュール、背後にナタン……、なにこれ、「何とか教授の総回診」じゃねぇんだよ。
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(* ᴗ ᴗ)⁾⁾(o_ _)o))




