◆ 学院編 資料室(※)
※このシーンについては、こちらではR15相当の内容となっていますが、カクヨムおよびアルファポリス、Caita掲載版では『性描写あり』設定のため、加筆されたR18版となっています。あらかじめご了承ください。
༺ ༒ ༻
それからの日々は、嵐のように過ぎていった。
授業の内容が次第に難しくなり、剣の自主鍛錬も欠かせず、息をつく暇もない。
けれど、そんな慌ただしい日々を過ごしつつも、ほんの一瞬の隙を見つけては、廊下の陰で指先を絡めたり、人気のない階段の踊り場で唇をそっと重ねたり――俺とアルチュールは、短い触れ合いの中に言葉以上の互いの想いを詰め込んだ。
もとより、寮に住み、学院で日々を共にしている以上、常に人の目がある。まるで誰かに見張られているような環境で、長い時間、二人きりになるだなんて至難の業だ。
ネージュがあと少しで巣立って、時計塔で先輩伝書使たちと過ごすようになれば、部屋でゆっくり会えるようになるかもしれない。けれど、ネージュがいなくなるのは、俺としてはとてつもなく寂しい。きっと、奇石で「泊まりに来てくれ」と呼んでしまう。また、そのときになっても、リシャールやナタンの突然の訪問がある以上、落ち着いて甘い時間を謳歌する……、なんてことは、到底望めそうにない。
そんな中、
――まあ、正直に言えば、唇を重ねるだけでは済まないことも、ないではない。
学生の本分は勉学なのに、何をやっているんだか……と我に返る瞬間もあるが、若くて、健康な男子というやつはどうしようもない。
剣を振って体を疲れさせても、汗を流して筋肉を痛めつけても、それだけでは解消できない熱や昂ぶりが残る。
それも、最推しから恋愛感情を向けられて、気づいたらなぜかお付き合いをすることになっていたんだ。
腹を割って言えば、俺だって、アルチュールに触れたい、触れられたい。
一度、好きな相手に抱きしめられ、その体温を覚えてしまうと――もう、戻れない。あのぬくもりが、皮膚の奥に残って離れない。
俺は、こんなに恋愛体質だっただろうか……?
思い出すたび、胸の奥で熱が疼いて、どうしようもなく、また求めてしまう。
とはいえ――先日の資料室は、さすがにヤバかった。
三日前のことだ。
リシャールとアルチュール、そして俺の三人は、デュボアからちょっとした頼まれごとを受けていた。尚、ナタンはカナードに数学の質問をしに行っていて、そのときは偶々、不在だった。
「薬草学の資料棚にある“灰の木の花の精油特性”について書かれた本を探して、部屋のポストに入れておいてくれ。見つからなければ構わん」
――それだけの、簡単な用事。
デュボアには剣の稽古場を借りていることもあり、俺たちはその礼として、時々こうして雑務を手伝っている。
書類整理や蔵書の運搬、授業準備の補助……どれも大した仕事じゃないけれど、そんな地味な作業の合間に流れる、穏やかな四人の時間が俺はけっこう好きだった。
資料室へ向かうと、午後の光が足元の地窓からほのかに差し込み、古い紙の匂いが漂っていた。
薄暗い書架の間を縫うように進んでいくと、アルチュールが思いのほか早く目的の一冊を見つけた。
「これかもしれない」
革の表紙に、銀文字で『灰花精油論』と刻まれている。
リシャールがページをめくり、内容をざっと確認する。
「合っている。では、戻ろう」
三人で資料室を出ようとした、そのとき――、
廊下の向こうから、ゆったりとした足音が近づいて来た。
見れば、ボンシャンが手に大量の資料の束を抱えて立っている。
「ワンジェ君」
リシャールが反射的に姿勢を正す。
ボンシャンは穏やかな微笑を浮かべたまま、いつもの落ち着いた声で言った。
「ちょうどいいところで会いました。先日あなたが提出した土属性のレポート、一部に書き損じがありましてね。今から一緒に来て訂正しておきなさい。すぐに終わります」
「……今、ですか?」
「何か問題でも?」
柔らかい口調のまま、逃げ場がない。
リシャールはわずかに肩を落とし、ボンシャンの手から資料をさりげなく手に取ると「あとで合流する」と短く告げ、二人で歩き出した。
残されたのは、俺とアルチュールの二人だけ――。
「ボンシャン寮監、荷物持ち見付けたって顔してたよな……」
俺がぼそりとつぶやくと、隣のアルチュールが苦笑いを浮かべてうなずいた。
「そうだな」
その笑みが消えるより早く、ボンシャンとリシャールの背中が角を曲がって見えなくなる。
途端に、廊下に残された空気がひどく静まり返った。
アルチュールが、そっと俺の手を取る。
反射的に振り向く間もなく、資料室の扉がもう一度開かれ――中へと引き込まれた。
次の瞬間、カチリと内側から鍵の音が響く。
アルチュールは入ってすぐのコンソールテーブルに手にしていた灰花の本を置くと、俺の腕を掴んで抱き寄せた。
「……アルチュールっ」
問いかけようとした唇が、柔らかな熱に塞がれる。
激しかった。息を奪われるほどに。
背中が書架に押しつけられ、積み重ねられた本の山がかすかに揺れる。
驚く暇もない。唇が離れて、すぐにまた重なった。
いつぶりだろう、こんなふうに、何も考えられなくなるほどのキスは。
頭の片隅でそんなことを思う。
「……なんだよ……、どうした?」
唇が離れた瞬間、アルチュールの背中に腕を回しながらようやく言葉を吐き出すと、彼は額を俺の肩に押しつけた。
「限界だった……」掠れた声が喉の奥で震える。「セレスの顔、見てると……もう、止められなくなる」
彼の吐息が肌をかすめ、耳の奥が熱を帯びる。
胸の奥で何かがゆっくりと溶けていくのを感じた。
「……そうかよ」
思わず、口角が上がる。
こんなに真面目で誠実な男が、俺を抱き締めながら息を乱してるなんて――悪い気はしない。
むしろ、少し誇らしい。
「こないだの寮室でも、部屋に引き込んで同じことをしたな」
「セレスに、教えてもらった」
「ん?」
「遺跡で……俺の手を引いて、より人目のない場所に連れて行ったのは、誰だった?」
ああ……なるほど。それは、間違いなく俺のせいだ。
「……覚えが早いな、アルチュール」思わず笑いながら、指先で彼の髪を撫でる。「じゃあ、お前をこんなふうにしたのは……」
「セレスだ」
アルチュールが、片手で俺の頬を包み込む。親指の腹が唇の端をなぞり、その軌跡に熱が残る。
「なあ、セレス……」
「ん?」
アルチュールは、俺の耳朶を甘く噛みながら、「探してた本を一番に見つけた良い子にご褒美をくれないか?」と冗談めかしてそう言うと、喉の奥で笑った。
「……何のご褒美が欲しいんだ?」
「触れたい」
ここで、「どこに……?」だなんて聞くのは無粋すぎる。
俺は彼の胸を手で少し押し返すと、鋭い視線を感じながらタイを解き、シャツの前ボタンを一つ一つ外しベルトを緩めた。
「……これでいいか?」
目の前のアルチュールの瞳が、驚きと熱を帯びてわずかに揺れた。ごくり、と音が漏れそうなほどに、喉仏が上下する。
彼は一拍の沈黙のあと、手を伸ばしてきた。
指先が鎖骨をかすめる。
「……セレス」
呼ばれた瞬間、背中を這い上がるような震えが走り、もう何も考えられなくなっていた。
書架の影。閉ざされた空間。
外の光がわずかに揺れて、紙の埃が金色の粒になって漂う。
その光が、アルチュールの睫毛にも、俺の指にも、静かに降りかかっていた。
世界が、本当にふたりだけになったみたいだった。
立っていることすら難しくなり、俺はアルチュールの肩に手を置いて身を預けた。彼の腕が自然に俺の腰を支え、そのままゆっくりと座り込むのに合わせ、俺はその膝の上に身を傾ける。
熱を帯びた欲の色を瞳に宿しながらも、どこか澄んだ面差しのままで、彼はうっとりと俺を見つめていた。
もしこのまま時間が止まったら――そんなことまで思ってしまう。
その温もりの中で、俺はほんの少し、大人の階段をのぼってしまった気がした。
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