◆ 学院編 古代遺跡(余談2)
༺ ༒ ༻
レオの部屋を訪ねると、扉を開けた瞬間、あからさまにニヤついた顔が出迎えた。
「お帰り、お二人さん」
低く笑うその声に、俺の背筋が固まる。
窓際のデスクの上では、ネージュとシエルが各々のバスケットの中でくつろいでいた。ネージュは両羽の先を胸に当て、瞳をうるうるさせている。
なんなんだよ、全く……。
「レオ、あの、さっきのは……その……」
「説明しなくていい。大丈夫だ、問題ない。聞いていた」
「全然、大丈夫じゃない! 問題、大有り!」
肩を揺らして笑うレオの横で、アルチュールがまるで何事もないように堂々とした顔で立っている。
恥ずかしくて目を合わせられない俺の代わりに、彼が自然な動作でネージュとシエルをバスケットごと入れた籠を受け取ると、ネージュが入った籠を丁寧に俺に渡した。
「ありがとう、レオ。助かりました」
「いや、こっちこそ彼らと楽しい時間が過ごせてよかった。……それとセレス、うちのキアランから報告は貰っている。ソルヴォラックスが出現し、地下遺跡の穴に落ちたんだってな」
「……はい」
「大変だったな。よく無事で戻った」
その言葉に、胸の奥がじんと温かくなる。
やはり、俺のグラン・フレールはカッコイイ。
「ネージュにはさっきまで内緒にしておいたんだ。心配で泣き通しになりそうだったから」
レオの言葉に、ネージュがむっと羽を膨らませた。
「泣いてなんかいないんだから! ちょっと心配しただけなんだからねっ!」
どこのツンデレ女子だよ、お前……。
俺とアルチュールは顔を見合わせて笑い、レオに深く頭を下げた。
「ありがとうございました、レオ先輩」
「おう。……気をつけろよ。あと、お幸せに?」
レオの口元に、からかうような笑みが浮かぶ。
「やめてください、レオ!」
けれどその隣で、アルチュールが小さく息を整え――
ほんの少しだけ胸を張って、まっすぐに言った。
「はい」
……え?
君、恋愛ごとには疎かったんじゃないの? キスしただけで一皮も二皮もむけて、こんな堂々としちゃうの? 誤魔化せよ、頼むから。
籠の中には、全身を使って「尊い」を表現している鳥がいる。
その上、横を見ると、アルチュールはどこか誇らしげな顔をしていて、レオが「ははっ」と笑いを堪えきれずに吹き出した。
もう無理、ガチでしんどい……。
二人で自室の前まで戻ると、アルチュールはまだ名残惜しそうにこちらを見た。
彼の伝書使シエルの入った籠を抱えたまま、瞳に微かな寂しさが宿っている。
「……もう少し、一緒にいたかったけどな」
「ネージュにお前とのこと話さないと」
そう言うと、アルチュールはわずかに笑い、俺の髪を軽く撫でた。
「じゃあ、また明日」
「ああ」
部屋に戻り籠の扉を開くと、キラキラと瞳を輝かせてカタカタと震えるネージュが、すぐにベッドの枕へ飛び乗った。
「……よく、そんなカタカタカタカタ震えながら飛べたな」
「まあ、こんなアッシでも、鳥の端くれやらせてもらってるもんで」
「なんの時代劇キャラだよ、それ? どこで覚えた?」
「お前ぇさん、子供の頃にばあちゃんちで時代劇、ずっと一緒になって観てただろ?」
「ああ……、なるほど。その記憶がネージュにもあるってことだな」
「――で、アルチュールと何があった? ん? 新しい髪紐だな? どうしたんだ? アルチュールが髪を結んでいた紐、あれセレスのだよな? 交換したのか?」
「……怒涛の質問攻め、やめて。話すから、落ち着け」
「いや、落ち着けるわけねえだろ。地上波放送できねえレベルやっちゃったか? のぼったのか、大人の階段!? のぼったのか!?」
その階段は、別の男とのぼりそうになったが、例えネージュであっても、この話は出来そうにない。あ、でも、ルクレールがあの原作に出て来たルークと被る部分が多いということは話しておくべきか……。となると、また少し厄介だな。きっと……いや、確実にネージュはルク×セレも好きなはず。
俺は溜息をつきながらベッドに座るとこのままごろんと横になる。
「おいおい、あの辺境のわんぱく坊主で真面目な堅物、初心なアルチュールくんに何が起きたんだ? 前に、眼帯騎士のヤリチン伝説聞かされたときは、アルチュールは真っ赤になって口ごもってたって、セレス、言ってたじゃないか」
「落ち着けって」
「無理無理無理っ。あの真面目男が!? 理性の塊が!? セレスに理性ぶっ壊されたんだろ!? んんんっ尊っっっ!!!」
「待って、待ってネージュ。……旅のはじめから話すから」俺は一瞬、顔を手で覆いながら、やれやれと息をついた。「順を追って説明するから」
ネージュは「ふんっ」と鼻を鳴らし、枕の上でちょこんと正座をしてみせた。
「よかろう、聞こうじゃないか。我が推しの恋路のすべてを」
「推すな」
「推すわ」
そんなやり取りのあと、俺は息を整え、旅のはじまり……、砦での出来事から遺跡の崩落、そしてあの朝までを――ルクレールとのあの件だけをぼかして――少しずつ語っていった。
微かにネージュの目が鋭くなった瞬間もあったけど、何とか誤魔化しきったと思う。
気づけば、外はすっかり茜色に染まっていた。
喉が少し乾いたな、と思いながら、俺は大きく伸びをして寝返りを打ちベッドに仰向けになる。瞼が重い。
「ネージュ、俺、少し寝る。……夕飯の鐘が鳴ったら、起こして」
「ん、分かった。……セレス」
柔らかく名前を呼ばれたのを、遠くに聞いた気がする。
瞬く間に意識が深く沈んでいく。
――最後に聞こえたのは、ネージュの「俺は、お前ぇさんに幸せになってほしい」っていう声だった。
その言葉が胸の奥に溶け込むようにして、俺は静かに眠りへと落ちていった。
「ま、俺的にはもうちょい進展希望だがな」と続けられた言葉は無視することにした。




