◆ 学院編 古代遺跡(余談1)(※)
※このシーンについては、こちらではR15相当の内容となっていますが、カクヨムおよびアルファポリス、Caita掲載版では『性描写あり』設定のため、わずかに加筆されたR18版となっています。あらかじめご了承ください。
隣室のドアが開き、リシャールが顔を出した。
「セレス、今からか? 一緒に行こうか」
「それが……」
アルチュールのグラン・フレールのエドマンドは休学中のため、彼の伝書使シエルと、俺のネージュは今、レオのところに預けられている。
「アルチュールが出て来るのを待っているところです。リシャールは先に行ってください」
「そうか。じゃあ、またあとで」
リシャールは短く頷くと、ちょうど向こうからやって来たナタンと合流し、そのまま階下へ向かっていった。
その後ろ姿が見えなくなるのを見届けてから、俺は隣室――アルチュールの部屋の前に立つ。
……出てこない。
部屋の前で少し待ってみたが、物音ひとつしない。
まさか疲れ果てて寝落ちしてる……? いや、アルチュールに限ってそんなことは――。
軽く息を整えて、ドアをノックする。
「アルチュール?」
次の瞬間、内側からドアが開いた。
「えっ」と声を上げる暇もなく、腕を掴まれ、そのまま部屋の中へ引きずり込まれる。
抱き締められたまま、扉が後ろで閉まる音。と同時に、背中が板張りのその扉に押し付けられ、反射的に目を見開いた。
至近距離。
すぐ目の前にはアルチュールの顔。その表情には、言葉も理性も置き去りにしたような切実さが滲んでいた。
「アルチュール、な――」
言い終える前に、息を飲む間もなく唇が塞がれる。
時間が止まったようだった。驚きも、戸惑いも、どこかへ消えた。
代わりに、胸の奥から何かが溶け出すような熱が広がっていく。
ほんの一瞬で、世界が音を失い、互いの呼吸だけが、この空間を満たしている。
唇が離れたのは、ほんの数秒……、けれど、その短い時間の間に、何かが完全に壊れて、そして形を変えたような気がした。
息を吸う間もなく、再び唇が重なる。触れて、離れて、また重なる。
そのたびに、アルチュールの息が熱を帯びていく。
指先が俺の頬をなぞり、首筋を滑り、服の上から肩口の線を辿る。
遠慮などまるでない。彼の掌が、俺の身体の輪郭を確かめるように動く。
布越しに伝わる体温が、じわりと肌を灼いていく。
「……アルチュール……っ」
名前を呼ぶ声が震えた。自分でも驚くほど、息が上がっている。恥ずかしい。
アルチュールの腕が背中に回り、腰を引き寄せる。
心臓の鼓動が互いの胸の間でぶつかり合い、音が溶け合う。
やばい。
意識のどこかでそう思った。
頭では理解しているのに、体が勝手に反応してしまう。服の上から伝わる指先の感触に、息が詰まり、脚の力が抜けそうになる。
アルチュールの息が耳元をかすめる。
「……ずっと、触れたかった」
その低い声に、全身がぞくりと震えた。
熱を帯びた生々しい欲望を隠しきれずに滲ませながらも、澄んだ表情のまま――彼は夢見るように、その想いを告げた。
「好きだ、セレス……」
「俺もだ」
顎を優しく掴まれ、また唇を塞がれた
ほの暗い部屋の隅で、閉じられたカーテンの隙間から差し込む陽光が揺れている。
けれど、今は息づかいと鼓動の音が、空気そのものを支配していた。
寮の個室には、トイレと簡易シャワーが付いているが、ネージュが来てからというもの、俺は彼に気づかって、そこでも自分を慰める行為は控えていた。それは多分、アルチュールも同じだったのだろう。
焦るような彼の手の動きが、それを物語っている。
ずっと我慢していたものが、ようやく解き放たれたような――そんな熱。
太い指が、ためらいもなく俺の背中を撫でる。
その動きに、喉の奥から声が漏れそうになるのを、必死に噛み殺した。
やばい。本当に、やばい。
唇が離れて、また重なる。息が混ざり合い、境界が曖昧になっていく。
このまま落ちていけば、もう戻れない気がした。
それでも、俺の指先は、アルチュールの制服の裾を掴んでいた。
拒むことなんてできなかった。
そのとき――、
胸にぶら下げたペンダントが、微かに熱を持ち光っているのに気づく。
アルチュールの腕の中、息を乱しながらペンダントを見下ろす。
「出ていいぞ」
耳元で、低く、少し掠れたアルチュールの声。
「……ああ……、レシピオ・ヴォカ」俺は小さく息を整えて応答呪文を唱える。「こちらセレス」
《セレスーーーっ!!》
ほとんど悲鳴のような声がペンダントから響き、思わず身体がびくりと跳ねた。
《もう着いたんだろ!? いつになったら迎えに来るんだよぉぉ!! さっき聞いたんだ、聞かされたんだよ!? お前ぇさんがどデカい穴に落ちたってーーーー!!》
ネージュの泣き声混じりの叫び。
耳のすぐそばでわめき散らされ、心臓が別の意味で跳ね上がる。
《なんで連絡くれなかったんだよぉぉぉーーっ!!》
「……あ、あの、ごめん。何事もなく、無事だったから……」
どうにか答える俺の声は、掠れて震えていた。
というのも――、
アルチュールがまだ、俺の首筋に唇を寄せていたからだ。
しかも、まるでいたずらを楽しむように、そっと舌で肌をなぞってくる。
「……や、やめ……!」
必死に息を押し殺す。が、声が上擦った。
《……ん?》ペンダントの向こうで、ネージュの泣き声がぴたりと止まる。《セレス、今……そこに誰がいる?》
「……ア、アルチュール……」
なんとか吐息を抑えながら、俺は答えた。
数秒の沈黙。
そして、ネージュの声が、やけに澄んだトーンで響く。
《――あ、すみませんでした。続けて下さい》
「なっ、何をだよ!?」
《いや、ご遠慮なく。どうぞお構いなく。あのー、ところでわたくしは今夜、もう一晩、レオの部屋でお世話になろうかなーって考えておりましてぇー。あー、レオの伝書使のキアランも親切でして、時計塔にある専用の小屋に新人伝書使の居場所が既に準備されていて……、というお話も伺っております。中庭のだけでなく、旨い木の実の場所もこっそり教えてもらったりなんかして、いやー、有意義な時間をこちらで過ごさせていただきました》
「いや、お前、誰だよっ!? 何だよその口調は!?」
叫びながらも、耳まで真っ赤になるのが分かる。
アルチュールはそんな俺の首元で、くくっと笑いを漏らした。
彼の手が再び頬に触れ、囁く。
「……ネージュ、いい子だな」
「違うだろ!」
俺が顔を真っ赤にして怒鳴ると、ペンダントの向こうから、やけにのんびりした声が返ってきた。
《じゃあー、セレスタンくん。わたくしはこれからレオと優雅にお茶でもしようかな、と思います。美味しいのですよ、レオの淹れるハーブティーが。では、……お幸せに?》
「いや、待て! 行く! 今から迎えに行くからっ!!」
俺の首元で、アルチュールが耐えきれず笑い出した。
喉の奥で響くその笑い声が、耳の裏をくすぐる。
「……ほんと、いい伝書使を持ったな」
「うるさいっ!」
気付けば、ペンダントの光が消えていた。
俺は額に手を当てて深く息を吐く。
けれどアルチュールはまだ笑いを止めず、囁くように言った。
「迎えに行く前に、もう少しだけ……」
次の瞬間、また唇が触れ、思考が一瞬で溶けた。
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ワンコは意外と策士です。




