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◆ 学院編 グラン・フレール ~学院の『兄』~(余談)

 階段をのぼりきると、静かな気配に包まれた長い廊下が目の前に現れた。

 新入生の個室は三階、二年生であるグラン・フレール()たちの部屋はその真下の二階、三年生の部屋はさらにその下、一階にある。

 この階には、301号室から320号室までの扉が整然と並び、まるでどれもが同じ重みを持って未来を待っているようだった。

 中庭に面した各々の窓からは、傾きかけた夕陽が斜めに差し込み床に影を落とす。空気は澄んでいて、風に乗って微かな薬草の香りが漂って来る。

 その時、ふと「君にはチュテレール(守護者)が三人も居るんだな」と、レオが不意に口を開いた。

 俺は思わず真横を歩くレオの顔を盗み見た。彼はさっきの、殿下とアルチュール、ナタンたち三人の()()に気付いていたようだ。

チュテレール(守護者)ではなく、友人です」


 っていうか、チュテレール(守護者)ってなんだよ。俺、成人した社会人だぞ? おとぎ話に出て来るか弱き姫じゃないって!


 俺の返答に、「ふうん」と応えたあと、レオは立ち止まらず、ゆっくりと歩きながらちらりとこちらに視線を投げた。その目元には、言葉にしない微かな笑みが浮かんでいる。まるで、何か面白い遊びを見つけた子供のような、いや、それよりももう少し大人びた余裕と好奇心が入り混じっていた。

「『金の(きみ)』と『銀の(きみ)』が入学すると聞いて、学院内は昨年の末ごろから少し浮足立っていたんだ。どの寮に来るか、誰がグラン・フレール()に選ばれるか? 小さな賭けをしていた者もいたくらいだ」

 廊下を三分の一ほど進んだところで、レオは立ち止まり、扉を指さした。

 310と刻まれた真鍮のプレートが、夕陽に照らされてやわらかく光っている。

「担当するプティ・フレール()が誰なのか、俺たちに正式に知らされたのは今日。君たちが入学式に出ていたころだ」

 そう言いながら、レオはジャケットのポケットから鍵と封筒を取り出し、中の紙を俺に見せた。


| レオ・ド・ヴィルヌーヴ

| プティ・フレール():セレスタン・ギレヌ・コルベール

| 所属寮:第一寮・サヴォワール寮(310号室)


「担当になれて光栄だ。ようこそ、『サヴォワール』へ。310号室、今日からここが君の部屋だ。鍵をどうぞ、セレスタン君」

「呼び捨てでいいです。セレスタンか、セレスで」

 レオは少し目を見開いたあと、ふっと笑って首を傾げた。

「じゃあ、俺のこともレオでいい……。ああ、もう堅苦しいのは嫌いだ。普段通りにしていいか?」

「……今までのイメージと違いますね」

「それは俺の台詞。君のことはもっと杓子定規な優等生で、礼儀作法に厳しい堅物だと思っていたんだけどな」


 中身、異世界から来たチャランポランな別人です……、とは言えない。


「セレス……、でいいんだよな。ところで入学前に事故にあったと聞いている。無理に張り切ったりしないように」

 レオの声は静かだったが、気遣いの色が滲んでいた。形式的なものではなく、個として向き合おうとしているところに好感が持てる。

「……ありがとう。気をつけます」

「時計塔の鐘が六度響けば、食堂に向かう時間だ。それまで部屋でゆっくりしていてくれ。何かあったら真下の210号室をノックすればいい。床ドンでもいいぞ」

 彼は冗談めかした口調でそう言い、「じゃあ、また食堂で」と、俺に鍵を渡してから軽く片手を上げ、踵を返して廊下を戻っていった。

 その背中が遠ざかるのと入れ替わるように、アルチュールが彼のグラン・フレール()と並んでこちらへと向かって歩いて来る。淡い褐色の肌をした長身のグラン・フレール()は、肩まで届く銀灰の髪を後ろで束ね、整った顔立ちと落ち着いた物腰を備えた人物で、アルチュールと並ぶ姿は、まるで一枚の絵画のように華やかだっだ。


 原作でも未見、セレスタンの記憶の中にも存在していない。完全な新キャラだ。十中八九、留学生だろう。


 一瞬、アルチュールはすれ違いざまにレオを一瞥し、それから俺に目を向けると小さく微笑み、声に出さずに唇の動きだけで「あとで行く」と告げてきた。


 いや、来なくていいし。出来れば、リシャール殿下の部屋でも訪ねたらどだろうか? ――と、腐男子は思う。


 レオの背中が角を曲がって見えなくなるのを見届けてから、俺は扉に鍵を差し込んだ。

 カチリ、と小気味よい音を立てて鍵が回る。扉を押し開けると、ふわりとやさしい香りが鼻先をかすめた。主張しすぎない、軽やかな花の香り?

 埃っぽさは一切なく、空気は清々しく、部屋は綺麗に整えられている。

 目を向けると、重厚なデスクの上に小さなサシェ(香り袋)が置かれていた。飾り気のない薄い布袋に詰められた乾いた花。ほのかな魔力の気配――、


 レオだな。このサリトゥ(魔力体循環)の残余から彼の攻めオーラと同じ波動を感じる。


 サシェ(香り袋)の下には、丁寧な筆跡で短いメモが添えられていた。


 ――頭を打ったと聞いていたから、少しでもリラックスできればと思って。中庭の薬草を使い、昼休みの時間に急遽作ってみた。要らなかったら捨ててくれ。


 思わず胸がきゅっとなった。


 ……クッソ、イケメンかよ。

 ちょい悪系で見た目がいいだけじゃねぇのかよ。さりげない気配りに、距離の詰め方も自然。これで無自覚なんだったら、天性のタラシだ。

 いやもう、俺が女だったら完全に落ちてたわ。

 なんか、今ちょっとときめいてしまった自分が悔しい。


 レオ・ド・ヴィルヌーヴ、恐るべし。



ブクマ、リアクション、本当にありがとうございます。

n(_ _)n ٩(*´꒳`*)۶

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