◆ 学院編 古代遺跡 -26-
༺ ༒ ༻
地下遺跡から目的地までは、思っていたよりもずっと近かった。
丘を越えると、さっき森の向こうに霞んで見えていた石の環が、陽光を浴びて輪郭を際立たせ、眼前にその全貌を現す。
「――先に到着した騎士たちが、既に野営地の支度を整え終えているはずだ。着いたら先ずは救護テントでボンシャン寮監が治療してくれるだろうけど、そのあとは、飯食ってゆっくり休めよ。多分、明日の午前中、生徒全員で行く遺跡見学は、俺とそこで待機になるだろう。そのあいだ、テント周辺だけ少し案内してやる」
背後からロジェの低い声が聞こえた。
「ありがとうございます」
「そんな丁寧にしゃべるな。俺は、平民の出だ」
「え……、でも、あなたは騎士だし、敬うのは当然でしょう? ルクレールは、これっぽっちも敬いたくないけど」
振り返ると、ロジェは一瞬きょとんとしたのち、大きな口を開けて豪快に笑った。
「お前、ほんとにいい子だな」そう言いながら手を伸ばし、フード越しに俺の頭をくしゃりと撫でる。「あと、あいつがこんな邪険にされてるの、初めて見たかもしれない」
「……そうなんですか?」
「あのガタイにあのルックス、しかもヴァロア家だ。男はビビって委縮、女は熱狂する」
言われてみれば、そうかもしれない。
「それで……二人は友人……、なんですよね?」
「だから、敬語はやめろ」
「……わかった」
小さく首肯してそう答えると、彼は満足げに口の端を上げた。
「学院時代からの友人だ。というか、俺が一つ上で、グラン・フレールだった」
「えっ!?」
懐かしそうに、目を細めロジェは続けた。
「凄かったぞ、あいつ。そりゃあ、色々あった」
「聞いてます。オベール管理官やデュラン副長、モロー隊長からも……」
「多分、セレス、君は今夜は俺と一緒に居ることになると思う。彼らが知らないことも色々聞かせてやるよ。面白い話が山ほどあるから」
「いやもう、充分。逸話はお腹いっぱいです……」
そう言った瞬間、ロジェが楽しそうに笑い、空気がまた少し柔らかくなった。
ちょうどそのとき、視界の先に目的地の全貌が見えてきた。
巨石遺跡、『ファリア・レマルドの環』。
円環を成す石柱はどれも人の背丈の数倍はあり、古代文字が深く刻まれた表面は、沈みかけた陽の光を淡く反射している。
崩れかけた神殿のような遺構が中央に佇み、その周囲をぐるりと囲む石壁は、遺跡保護のため、後世に築かれたものだ。
いくつかの門が設けられた外壁の内側では、焚き火の煙が風に乗って漂っていた。
門の警備に当たっていた二人の騎士が、俺たちの姿を見つけるやいなや駆け寄って来る。
「ご無事で!」
安堵と敬意の入り混じった声だった。
ヴァルカリオンから降ろされると、ロジェはそのまま俺を抱え救護用のテントへと運んでくれた。
途中、リシャール、アルチュール、ナタンが俺について来ようとしたが、デュボアに「自分の班に戻って夕食の手伝いをしなさい」と制され、渋々ながら三人は頷き、それぞれの持ち場へと散っていった。
その間にも、騎士と砦の隊員たちが、ヴァルカリオンとグリフォンを野営地の一角に設けられたドーム型厩舎へと誘導していく。翼をたたんだグリフォンたちが喉を鳴らし、蹄の響きが交錯する中、ルクレールは、乗っていた馬とパイパーの二頭を連れて騎獣たちの待機所の方へ向かっていった。
テントの内部には魔力灯の淡い光が漂っている。白布の幕が風に揺れ、簡易寝台や医療用具はきちんと整頓され、薬草や包帯も清潔に並べられていた。野営の場でありながら、不思議なほど静かで落ち着いた空間が広がっている。
寝台に降ろされると同時に、ルシアン・ボンシャン寮監がすぐにやって来て中央の仕切り幕が静かに引かれ外から中の様子が見えないようにされた。ロジェは彼と入れ替わるように入り口の横へ下がり、控える。
ボンシャンは短く息を整えると、俺を一瞥して静かな声で言った。
「……脱いでもらえますか? 下着はつけていて構いません」
言われるままに、上着とシャツをズボンを脱ぐ。肌に触れる空気がひんやりとして、少し火照っていた体温を冷ました。
元々、彼は原作小説の中では最強の魔導士であり、医師の資格も持っていた上、学院内でも屈指のヒーラーとして知られていた。その設定は、この世界でも受け継がれているのだろう。
ボンシャンは手をかざすようにして、肩から胸、腹部、脚へと順に視線を滑らせる。触れるか触れないかの距離で掌が動き、魔力の流れと外傷の有無を確かめているのがわかった。
その動きには無駄がなく、淡々としているのに不思議な安心感があった。
一通り確認を終えると、彼は俺にそっと毛布を掛け、落ち着いた声で告げた。
「外傷はありません。魔力の消耗が激しいだけです」言いながら、自分のブレスレットを外し、俺の手首にそっとはめる。「魔力の残量を確認します。普段は、これを使いながら義手や義足を人体と融合させる作業をします。大量の魔力が必要ですから」
オベール警備官のことか……、と一瞬、頭に浮かんだが、口に出すのはやめておいた。
触らぬ拗らせカップルに祟りなしだ。
ブレスレットの光が徐々に弱まり、やがてほとんど消えかけるのを見て、ボンシャンは小さく息を吐いた。
「……やはり、急性魔力虚脱……予想よりも消耗が激しい。まあ、地下遺跡にあれだけの水を呼び出して貯めたのですから、当然と言えば当然。寧ろ、正直言って、動いていられるのが不思議なぐらいです。しばらくは安静にしてください。明日、午前中の遺跡見学も、ここで待機するように。今夜もこのテントで休みなさい」そう言いながら、俺の額に手をかざして淡い治癒の光を流し込む。「トゥレイト……」
目を閉じて治療を受けながら耳を澄ませると、外からは食事の準備に忙しい騎士たちの声が聞こえてきた。
鍋を運ぶ音、木箱を置く音、誰かの笑い声。外の喧騒と、テント内の静けさの対比が不思議と心地いい。
そのとき、テントの外から声がした。
「失礼します」
ルクレールだ。
「来ましたか。ヴァロア騎士、ちょっとそこで待っていてください。こちらが終わるまで」
ボンシャンは軽く眉を上げ、仕切り越しに俺の治療を続けながら声をかけた。
「セレスが居るんでしょ……そっちに行ってもいいですか?」
「駄目です」
静かな断言に、ルクレールは小さくため息をついた。
しばらくして、ボンシャンが手を下ろし、俺の毛布を整えながら口を開く。
「応急処置的なものですが、これで一段落です。あと、こちらのポーションを」
差し出された小瓶を受け取り、指示通りに口に含む。
魔力が体内にゆっくりと巡るのを感じ、重かった身体がかなり楽になった。
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