◆ 学院編 古代遺跡 -22-(※)
再び、口を塞がれた。
深く、容赦のないキス。舌が絡み、喉の奥まで押し込まれる。駄目だ、飲まれる。抵抗する隙さえ、甘さで溶かされていく。
こいつ……上手すぎる。
下で、硬いものが容赦なく俺の太ももに当たっていた。
凶器。
誰か――本当に誰か、これをもぎ取ってくれ。
ルクレールの唇がいったん離れ、今度は首筋へ移動する。熱い吐息と舌先が皮膚をなぞり、俺の呼吸は勝手に荒くなった。
感情が持って行かれてしまう前に、聞きたいこと、言いたいことがあったはずなんだ……。
「ル、ルクレール……」
「……なんだ」
「なんで、ソルヴォラックスと……一緒に、穴に……? あんた、だったら、回避……できただろう」
また唇が落ちて来る。角度を変えて何度か軽く触れ、離れた。
こいつ、キス好きだな。腫れるわ、唇っ!
額と額が重なり、視線と互いの息が絡み合う。
「剣が……抜けなかったんだ」
「そんな……ことで……!」
「お前の剣だ……。降下途中で回収した。そこにある」
顔を上げ、火球の横を顎で指す。そこには、確かに俺が反転魔法をかけたエクラ・ダシエの剣が置かれていた。
「大事にするって言っただろう」
胸が詰まり、声にならない。流されそうになる――と、そのとき。
剣の傍に、畳まれた衣類が見えた。
「ルクレール……なにあれ?」
「ああ、俺たちの服だ」
「……乾いてる? みたいなんだけど」
濡れていたら、火の前に並べたりしないか?
「ああ。当然だ。俺は火属性だから」
「なんで服を着せないんだよ!!」
まだ完全には力の入りきらない腕でなんとか頑張って押し返し、右手を振り抜いた。目の前の男の頬に、ぴたんっと情けない音が響く。
良かった――急性魔力虚脱から、ほんの少しだけど回復しているようだ。一発、しばけた。
ルクレールは上体を起こすと、叩かれた頬を摩りながらくつくつと笑い出し、ついには腹を抱えて笑い転げた。
俺も起き上がる。
「大体……! おとりになるってなんだよ! 俺のこと、守られるだけの存在じゃないって言っただろ! なにが、肩を並べるにふさわしい相手だ! ……くそっ……」声が震え、言葉が詰まる。視界が滲んだ。「あんたが……、い……生きててくれて……、良かった……」
涙が、あふれた。
「セレス……」
頬を両手で包まれ、目を覗き込まれる。
「……うん」
「穴に落ちて、お前の声が聞こえたとき、夢じゃないかと思った」
「そうかよ……」
俺は鼻をすすり、溢れる涙をどうにか止めようとした。
短い沈黙のあと、彼の声が低く震える。
「――好きだ、セレス。全てを捧げるから、俺のものになってくれ」
「……イチモツ元気にしたまま言う台詞かよ」
「ああ……みっともないな」
ルクレールは笑った。
俺は目を閉じて彼の名を囁くと、深く息を吸って肺の底まで満たし、静かにそれを吐き切ってから目を開けた。
「俺は、アルチュールが好きだ」
火球がぱちりと弾けた。
「……そうか……」
その声は掠れていて、けれど拒絶も怒りもなかった。
「理由は言えないけれど……ずっと前から、彼のことを知っていたんだ」
ルクレールの吐息が震えた。
「……殿下に目をえぐられてもいいから……セレス、今……魔眼を解放して、お前をここで抱きたい……お前に、好きだと、愛していると言われたい……」
その言葉に、俺は思わず彼を見た。
眼帯の下に潜むものを思い、背筋がぞくりと震える。
魔眼の魔力にさらされた者の瞳には、必ず痕跡が刻まれる。それは始祖の血を受け継ぐ王家の男だけが見抜くことのできる隠された印。
もし私欲のために勝手に解放し、後でその痕跡を発見され見咎められれば……、眼をくり抜かれる。それが科せられる刑罰。
この男は、本気で言っている。
彼の表情は獰猛で、それでいて痛みを孕んでいた。
赤い火球の揺らめきの中、俺の口から唐突に言葉が零れる。
「……モン・クール……、モン・ルーク」
ルクレールの身体がびくりと強張った。
「どうして……それを」
息を呑む声が耳に刺さる。
やはり――。
ルクレールも、かつて同じ呼び方をされていたのだ。
「母が……亡くなった母が、俺を呼んでいた言葉だ。二人きりのときだけ……。なぜ、セレスが知っている」
眼帯の下から突き刺すような視線。
原作本編に出て来た塔に閉じ込められていた赤髪のルーク――唯一支えとなった母親から「モン・クール、モン・ルーク」と呼ばれ、「美しい瞳を持つあなたを誇りに思うわ」と言われていた魔眼の少年。
彼の姿と、この男の輪郭が重なる。
ルクレールの母親も、きっと同じ事を言っていた違いない。
「セレス……お前は、何者なんだ」
「……さあ。俺にもよく分からない。ただ――」言葉を探すように一度息を整え、彼をまっすぐに見つめ返した。「今は言えるのは、ルクレールのお母さんが「綺麗だ」と言った、その瞳を……俺のために失って欲しくないって思っているってことだけだ」
「セレス……」
彼は、何かを訴えるように唇を噛んだ。
「なあルクレール、眼帯を外してもいいか?」
「……駄目だ」
即座に拒む声。だが、その声音には恐れが滲んでいた。
多分、彼は――、
「オッド・アイなんだろ?」
ルクレールが片眼を大きく見開いた。
ほとんど世間では知られていないが、魔眼は、瞳の色が赤い。ルクレールの片眼は、藍色。そして、この世界でオッド・アイは魔物の目と呼ばれ、忌まれた存在だ。
「いいから……見せてくれ、ルクレール」
沈黙のあと、彼はゆっくりと手を伸ばし、眼帯を外した。
現れた深紅の瞳。
火の色とも血の色とも違う、透き通るような赤――。
「……綺麗だ」言葉が零れた。「ルビーみたいだ。……やっぱり、失って欲しくない」
その瞬間、強く抱き締められた。
骨が軋むほどの力で。
「セレス……愛してる。心から好きだ」
胸の奥が痛い。俺は、彼の背に腕を回しながらも、唇を震わせた。
「……ごめんな。ルーク……ごめん……」
謝罪の言葉は、抱擁の熱に溶けて消えていった。
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R15なので、このぐらいまでが限界でしょうか……。がっつり書けないもどかしさが少々。。




