◆ 学院編 古代遺跡 -21-(※)
※これ以降、登場人物のあいだに生じる親密な情動や、身体的接触を伴う描写が含まれます。
物語の流れ上、感情の深化を描く一部として挿入されています。苦手な方はご注意ください。
ソルヴォラックスが、引力結界ごとずるりと裂け目へ呑まれていく。
「退けーー!」
ボンシャンの叫びと同時、騎士団長と副団長が、ほぼ同時に重力に引かれ、崩れ落ちる。しかし、団長は真上にいたグリフォン隊の鉤爪に攫い上げられ難を逃れた。
「ザイロン――来い!」
カナードの声が鋭く走る。
ほどけたアスコットタイは瞬時に長大な風蛇に変わり、音もなく宙を駆けた。そして、副団長の身体をするりと絡め取ると、そのまま軽やかに地上へと送り届ける。
デュボアは踏み止まれず、崩れた石の縁に片手でぶら下がる。駆け寄ったデュランがその腕を掴み、一気に裂け目から引き上た。
刹那、ルクレールの刃は魔蟲の肉に深々と食い込み、抜けぬまま引きずり込まれていく。
足場が崩れ、抗う間もなく彼の身体ごと裂け目の底へと呑み込まれた。
「ルクレール!!」
「ヴァロア!」
デュランたちの絶叫が響く。
その声を背に、思考よりも早く身体が走っていた。
喉を裂くように声が迸る。
「ルクレーーール!」
「セレス!? 戻れ、何をしている!」
「コルベール! なぜここに――!」
寮監たちやデュランの怒声が飛ぶ。しかし、俺は止まらなかった。全身に巡らせた身体強化魔法が、脚を鋭敏に、軽やかに走らせる。
「戻りなさい、コルベール!」
ボンシャンの絶叫とともに、引力結界を編んだ糸が宙を奔り、俺の身体を絡め取ろうと迫った。反射的に魔力を集中させ、周囲に障壁を展開する。ぱん、と鋭い音を立てて糸がはじけ切れ、結界の外へと散った。
その瞬間、ボンシャンの瞳が驚愕に見開かれるのが見えた。だが、もう遅い。
俺は裂け目の縁を蹴り、ためらいなく闇へと身を投げた。
風圧が障壁を叩き、耳を裂く轟音とともに、視界は岩肌と石片の流れる影に塗りつぶされていく。
昼の光はなお開口から射し込んでいたが、深みに進むほど闇が押し寄せ、輪郭を飲み込んでいった。
――元々、あの男は俺のためにここに残った。考えろ。考えるんだ! 絶対に、生かす!
掌を下に押し出し、水を呼ぶ。
「アラペリス、オゥ……!」
ゆっくりと空間に水が集まり、直後、滝のような流水があふれ落ちた。轟音を立てて奔流が走り、見えない穴の底を一気に覆い尽くすように広がっていく。この穴を、出来る限り水で満たす。だが、ただの水じゃだめだ――より浮力を。
遺跡の石には貝殻の化石が残っている。ここは太古の昔、海だった。そのことは、今回の旅程で寮監からも説明を受けていた。だが、それはセレスタン本体はもうずっと前に、本で読んで知っていた知識。
脳裏をかすめる――ならば、塩だ。
イメージしろ。この空間から塩を抽出する。
「アラペリス、セェレ!」
砂と粘土に散った微量元素が、白い霧のように水の中へと溶け込んでいく。魔力を全開放しているせいか、脳の奥が焼けるように痛む。
濃い塩水が穴を満たし、渦を巻きながら底へと広がっていく。
その水面の上に、ゆっくりと落下するほのかな灯りが見えた。ルクレールだ。火の属性魔法を操り、手から柔らかな光を放っている。
落下したソルヴォラックスの巨体が、塩水の中へどぶんと沈み――暴れた。
粘膜が泡立ち、白くひび割れる。体表の浸透圧が狂い、節目の膜がずるりと剥ける。巨体は痙攣し、口腔の牙がばらばらと砕け落ちた。
間に合った……。
安堵の一呼吸が、命取りだった。
視界が白く瞬き、音が遠のく。
これが、急性魔力虚脱か――意識が遠のく。
体が崩れ落ちる寸前、空中で硬い胸に強く抱き留められた。
「……よくやった」
耳のすぐ側で囁く低い声。
ルクレールだ。彼は、魔力で自分の降下速度を押さえていたのだろう。俺の体を胸に抱え、自分の背中から水へ入る角度へと捻る。
冷たい波が肩まで来て、肺がきしむ。塩分を含む水は程よい浮力を与えてくれる。遠く、穴の天井から差す光が揺れた。地の底には、どこかに通じる穴でもあるのか――水に流れがある。
視界の端に、沈むソルヴォラックスが最後の痙攣を見せて静止するのが映った。
ルクレール……、唇で名を紡いだところで四肢の感覚が砂に沈む巨石のように重く落ち、静寂が俺を呑み込んだ。
༺ ༒ ༻
どれくらい経っただろう。
――呼ばれている。
誰かが、俺の名を呼んでいる。
額に触れる掌はあたたかく、髪に落ちる吐息がくすぐったい。頬に、唇に、柔らかなものが触れて離れた。二度、三度。水の匂いと、わずかな鉄の匂い。
人肌は、ひどく心地いい。
誰かの舌が、口の中をまさぐっている。
瞼を押し上げると、すぐ目の前に眼帯の男の顔――視界が一瞬で澄み、意識が浮上した。
広い、平たい岩の上。
体を起こそうとして――動かない。急性魔力虚脱のせいだけじゃない。物理的に押さえつけられている。
……こ、これは。
俺の上に、左手首にブレスレットと首に奇石のペンダントを付けただけの全裸の男?
そして、俺も――同じく首にストーン・ホルダーのペンダントだけを付けて全裸。
反射的に相手の逞しい肩を叩くと、唇から温度が離れた。
「目が覚めたか」
低い声。至近距離。ルクレールだ。
「ここ……どこだ」
「穴の真下からわりと流された。……岩壁が削れていて、崩れた石柱とか石段の名残が見える。水底には岩棚がいくつも重なっいて、まるで古い神殿の土台みたいだ。おかげで、それを伝って水から上がれた。上は闇に沈んでいるが、横へと細い空洞が伸びている」
「で、なんで俺、全裸なの?」
「濡れていたから」
「で、なんであんたも全裸なの?」
「濡れていたから」
「……なんで俺の上に居るの」
「温めていた」
周囲には、火属性の魔法で出したらしい火球が幾つも揺れている。
「な、なら、あれで温めれば――」
ルクレールは、まるで玉座に座る王のような豪奢な微笑を浮かべたまま、俺を見下ろした。
「お、俺に、何か……した?」
「身体的ダメージがないか確認をした」
「きっ、キスしてただろう!」
「その程度で我慢していた俺を褒めてくれ。指一本、挿れていないのに」
どこにだよ!? という質問は口に出来なかった。それに、言うなら「指一本、触れていない」だろう!
耳元に温い息が触れる。耳朶を甘噛みされてびくりと肩が跳ね、覚えず自分のものとは思えないほどいやらしい声が出た。
「煽るな、セレス」
「あゃぉってねえわっ!」
ぷっと吹き出すルクレールの肩が揺れ、笑いが漏れた。微かな水気を含んだ赤髪が俺の頬にかかる。
「……ったく。必死で泳いで助けたってのに、声が可愛すぎて集中できねぇ」
「集中しなくていい! なにもすんな!」
「ちなみに言うと――」と彼は囁く。「今から色々とするつもりだ……」
たっ……、助けて、デュラン副官!
こいつ、おっ始めるつもりです!
お越し下さりありがとうございます!
(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾
おっ始めました。
 




