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◆ 学院編 古代遺跡 -20-

 全身の血が沸騰するのを感じた。

 怒鳴り声を荒野にぶつけた俺は、手綱を力いっぱい引き絞る。

「パイパー、とまれ! とまってくれ!!」

 だが、ヴァルカリオンは頑として止まらない。

 騎士の命令に忠実であろうとするその瞳は、ただ前を向き、ひたすらに駆け続ける。


「頼む……頼むから、お願いだから、とまってくれ! パイパー!!」


 懇願の声がかすれる。

 そのとき、パイパーの脚がわずかに緩み、蹄の音が少しずつ弱まっていった。

 やがて、砂煙を散らしながらも、その巨体はついに歩みを止める。


 もしもパイパーがルクレールの専属の馬であれば、決して(あるじ)の命令を破らず、このまま『ファリア・レマルドの環』まで走り続けていただろう。しかし、彼は元々ルクレールの馬ではなく、おそらく俺の本来の担当騎士に仕えているヴァルカリオン――。


 パイパーが振り返る。

 その大きな黒い眼差しには、確かに心配の色が宿っていた。

「……パイパー……」俺は息をつくと、パイパーの背から飛び降りて彼の顔を両手で包み込んだ。「ここからは俺ひとりで行く。お前は、遺跡へ向かってくれ」

 パイパーの(たてがみ)を、掌でそっと撫でたあと、俺は身体強化魔法(フォルティス)を二重にかけた。筋肉が幾分か張り詰め、血流が熱を帯びていく。


 たとえば、俺が行って何ができるのか――問われたとしたら、答えは出せない。

 既にあの凄腕の寮監三人とデュラン副官がルクレールのもとへ向かっている。砦のグリフォン隊も出ている。戦いは、俺が辿り着く前に終わっているかもしれない。俺など、足手まといにすらならないのかもしれない。


 それでも。


 俺のために身を挺しておとりになりやがったあのくそ野郎の眼帯騎士を、このまま放っておくことはできなかった。彼が命を懸けたその場に俺が居ないだなんて――そんな選択は、どうしてもできなかった。

 たとえ間違った行動だと分かっていても。


 俺は無意識に外套のフードの内側へ手を伸ばしていた。

 組紐の結び目の固さを確かめるように親指で撫で、目を閉じて一瞬だけ呼吸を整える。


 ──ルクレールの無事を確認したら、必ず、アルチュールの居る場所に帰る。


 大地を蹴り、荒野をひた走る。

 喉は焼けつくように乾き、呼吸は胸の奥をかきむしるように荒くなる。それでも足は止められなかった。


 そのとき――背後から馬の(いなな)きと、(ひづめ)が大地を打ち鳴らす音が迫ってきた。

 振り向けば、そこにはパイパーの姿があった。

「お前……なんで来るんだよ……」

 足を止めると、パイパーはたちまち追いつき、俺の横に並ぶ。首を振り、黒い瞳でこちらを覗き込んでくる。

 まるで「置いていくな」と言っているみたいだ。

「分かった。お前は、人間の命令をわりと無視する馬なんだな……」

 呆れ半分に口にすれば、パイパーはフンと鼻息を鳴らした。

「急ぐんだ、頼む」

 苦笑しながら鞍に飛び乗る。瞬間、全身が浮くような加速に包まれ、風が視界をさらっていった。

 その背に揺られながら、胸の奥でひとつの名前が何度も熱を帯びる。


 ――ルクレール……。


 くっそ野郎、後でしばく!


 あの背中を追って砂塵を蹴立てて戻ると、視界の先で稲妻のように閃く槍と剣が交錯していた。

 俺はパイパーの背から飛び降り、手綱を握ったまま大地に足を踏みしめる。少し離れた荒地には、騎士団長や寮監たちのヴァルカリオンが戦いから距離をとって待機しており、不安げにひづめで地を掻いているのが見えた。

 戦況は――優勢。だが綱渡りだ。


 地表に出たソルヴォラックス(肉食巨大ミミズ)は、長い円筒状の身をくねらせ、地中に戻ろうとするたびにうっすらと見える蜘蛛の糸のようなものに引き戻される。ボンシャンが巨大な引力結界を張り、土中に潜らせまいと圧を掛けているようだ。巨体と魔力がぶつかり合い、空気が低く唸る。


 上空では砦のグリフォン隊が輪を描き、下降と上昇を繰り返しながら槍の雨を降らしていた。金と白の羽がきらめき、鋭い穂先が節目を正確に穿つ。騎士団長は魔術式ボウガンを肩口に据え、装填と同時に魔力陣が閃く。副団長は鎖付きアックスを唸らせ、巨体の節目に絡みつかせると、全身の力で引き寄せながら振り下ろす。

 カナードとデュランは機を見て障壁を展開し、ゆっくりと宙から落ちて来るソルヴォラックス(肉食巨大ミミズ)の牙で縁取られた口腔を面で受け、弾き返した。


「今だ、デュボア!」

 カナードの声に応じ、デュボアが地を裂く踏み込みで間合いを詰める。対角からルクレールが走り、ふたりの刃が十字を描いた。ルクレールの剣は、狙い違わず柔肉の継ぎ目を穿ち、深々と突き刺さる。


 ほぼ、決まった。

 そう思った瞬間だった。


 地鳴りが一段深く響き渡り、突然、地面が沈み、世界が大音響とともに落ちた。

 荒野の皮膚が破れ、深く巨大な穴がぽっかりと口を開ける。

 内部に積層した石壁――円環状の石柱、崩れた(はり)――そこに現れたのは、地下何層にもつながる古代地下遺跡だった。


お越し下さりありがとうございます!

(* ᴗ ᴗ)⁾⁾. (♥ ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾


地下遺跡に到着しました。

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