◆ 学院編 古代遺跡 -19-
森の出口を目指し、隊列は一斉に疾走を始めた。
枝葉を薙ぎ払いながら、ヴァルカリオンは地を蹴り進む。視界の端で影と光が目まぐるしく流れ去り、耳を打つ風の轟音に心臓がさらに跳ねた。
「多分、もう追っては来ない」
息を切らすでもなく、確信めいた調子で直ぐ背後からルクレールの声が届く。
「だといいけど」
「ストンボアを何匹も丸呑みにしただろう。奴は一度捕食すれば、しばらく土中にもぐって眠る習性がある。下手をすれば、年単位で眠り続ける。だからこそ、見つけ出して駆除するのが困難なんだ」
それは知っている。
だが、スタンピードのときは、そうではなかった。
嫌な予感がする。
「ストンボアの肉は、すこぶる旨い。顔と背の表皮は硬く解体には関節から刃を入れて、とコツがあるんだが……、ファリアの遺跡まで持って行って食いたかった。まさか、あんなやつに横取りされるとはな」
わざと軽口を叩くような調子に、思わず苦笑が漏れそうになる。ルクレールは俺を安心させようとしているのだろう。
やがて木々が途切れ、眩しい光が近づいてくる。
あちこちで安堵の歓声が上がり、張りつめていた空気が一瞬だけ緩む。
森を抜け、荒野へと飛び出した瞬間、胸の奥がふっと軽くなった。
今のところ、振動も咆哮も聞こえない。陽光の下で奴が追ってくることはあり得ないはず。
けれど、その束の間の静けさは、一瞬にして打ち砕かれる。
背後から、地を抉るような轟音が響く。
「……まさか!」
ルクレールが叫ぶ。
奴がなおも俺たちを追って来ていたのだ。
「隊列変更! ――横隊! 間隔を開けろ!」
騎士団長の号令が荒野に轟き、全員が一斉に手綱を引いた。ヴァルカリオンたちが爆走を続けながら縦の列を崩し、黒狼ガーロンを先頭に横一線へ広がってゆく。
巨大な魔蟲の目を散らし、前進するための布陣。いや、奴は目が見えない。この場合、目を散らし、ではなく地中に伝わる音を横の広範囲に広げ分散させ、狙いを定めにくくする――音源を一方向に集中させない布陣だ。
俺は震える指で手綱を握り直した。
直後、荒野の大地が盛り上がり、砂煙を伴って波打つ。
ヴァルカリオンの前脚が踏み損ねたように揺らいだ。動揺は隊全体に波及し、何頭かのヴァルカリオンが後脚で立ち上がり、甲高い嘶きを上げる。
騎士たちは素早く腕を伸ばし、前に乗せた生徒の体をしっかり抱きとめ、落下を防ぎながらもう片方の手で荒れる手綱を抑え込んだ。
その間も、まるで大地そのものが生き物のように蠢いている。
「まさか、これはソルヴォラックスが全身を震わせて放つ、振動波――」
ルクレールの声に、険しさが混じる。
そんな芸当ができるのは――特殊個体しかいない。
そのわずかな遅滞を突かれる。
ゴゴゴゴッ――という爆音とともに、大地の下を滑るようにソルヴォラックスが前方へ走り抜けて行く。次の瞬間、地表が真っ二つに割れ、荒野の面を突き破るようして、奴は俺の真ん前に姿を現した。
口腔は無数の牙で縁取られ、粘液を滴らせながら天を仰ぐ。パイパーが短く嘶き、怯えたように後ずさった。蹄が土を掻き、俺の体がぐらりと揺れる。
「こいつは目が見えないはずだが……そのせいで、視覚以外の感覚が極端に研ぎ澄まされている。俺の魔眼には、お前の光属性の揺らぎがかすかに視えている。眼帯越しでもだ。……だが、もしかしたら、奴は――それ以上に鮮明に、お前の光を感じ取っているのかもしれない」
ルクレールの低い声が背中越しに響く。
「……ああ、俺も同じことを考えていた。狙いは――俺か?」
全身の毛穴がざわりと逆立った。
「セレーーースーーー!」
アルチュールの叫びが裂けるように届く。リシャールとナタンの声も続き、殿下の担当騎士ロジェ・ラクロワが鋭く背後の男の名を呼んだ。
「ルクレール!」
その呼びかけに応えるように、ルクレールが即座に指示を飛ばす。
「――ロジェ! フォルメシオントレイズ!」
一拍の沈黙を挟み、ラクロワの声が荒野に響いた。
「フォルメシオントレイズ! 生徒を乗せている騎士は、全力前進!」
次の瞬間、隊が一斉に動き出す。
アルチュールが振り返り、必死に俺の名を叫んでいる。
騎士団長と副団長、そして寮監たちとデュランが方向転換し、こちらへ向かってヴァルカリオンを走らせた。
同時に、グリフォンに跨る砦の隊士たちも、荒野を滑空するように飛んで来る。
「ルクレール……今のは、何の合図だ?」
恐怖と疑念を押し隠して問いかけた俺に、彼は一瞬だけ静かな目を向け、次の瞬間、抜身の剣を手に迷いなくパイパーから飛び降りた。
「こういうことだ」
短く言い放ち、彼はパイパーの尻を叩く。
パイパーは嘶き、俺を乗せたまま巨石遺跡『ファリア・レマルドの環』の方向に向かって駆け出した。
「俺がおとりになるってことだ!」
ルクレールの声が大地に轟いた。手に持つ剣が陽光を反射し、孤高に立つ姿は、まるで一振りの刃そのもののようだった。
「来い! このミミズ野郎!!」
振り返った俺の視界に映ったのは、荒野に孤立して立ち向かうルクレールの背中と、牙を剥き出しにして迫る巨大な魔蟲。
胸の奥で何かが爆ぜた。
なにが、お前は守られるだけの存在じゃないだ! なにが俺と肩を並べるにふさわしい相手だ!
なのに――結局は一人でそこに残りやがった。
騎士として、生徒を守るという責務を果たすため。理屈では理解できる。ああ、それが最良の選択なんだろう。けれど、そんなもん素直に納得なんて――、
「できるわけ、ねぇーーだろう! くっっっそ野郎ーーーーーーッ!!」
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丁度100話目となりました。
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