エピローグ:闇の王
俺が帰還するまでの間に、エリシアの亡骸は塵となって消えた。
俺が完全体へと進化した瞬間、彼女の存在は俺の闇に取り込まれたのだ。
最後に抱きしめた感触さえも、今はもうない。
それが、何よりも残酷な現実だった。
——だが。
俺はもう迷わない。
迷うことを許される存在ではなくなった。
俺は世界の敵——そして、それを超える支配者となったのだから。
※
地上に帰還した俺を待っていたのは、一つの軍勢だった。
漆黒の装甲を纏った兵士たちが、整然と並ぶ。
その先頭に立つのは、貴族然とした冷徹な男。
そして——
その横に、見覚えのある黒髪の女の姿があった。彼女の目は赤く、背には黒く大きな蝙蝠の羽がある。
貴族然とした男が、俺の前に進み出た。
「ようこそ、“最強の死者”よ。世界はお前を迎え入れる準備ができている」
男はそう言って、恭しく頭を下げた。
俺を歓迎するように。
俺を称えるように。
だが——
ふざけるな。
俺はオルド・ノクスの人形ではない。
エリシアを喰らい、完全なる闇となった俺に命じられる者など、存在しない。
「……貴様らの言いなりにはならん」
俺は静かに告げる。
次の瞬間——
闇が爆発した。
大気が歪み、黒い刃が次々と生まれ、軍勢を貫く。
兵士たちは悲鳴を上げる暇さえなく、消滅した。
跪いていた男の身体も、ゆっくりと崩れ落ちる。
気がつけば、辺りには俺の他に誰もいなかった。
いや——
まだ、ひとり残っていた。
「……驚いたわ」
赤い瞳の女が、軽く肩をすくめる。
「本当に、最高の怪物になったわね」
俺は女を睨む。
「貴様も、消えたいか」
「いいえ。私は進化の果てを見届けたいだけよ」
女はただ、微笑むだけだった。
俺は剣を下ろす。
彼女の存在は、俺にとって敵でも味方でもなかった。
この世界に、俺に指図できる者はいない。
支配するのは、オルド・ノクスではなく——俺だ。
俺の闇が、世界を覆う。
そして——
人類は長い夜を迎える。
しかしそれは新たな時代の幕開けでもあった。
——最強の死者、現世に帰還す【完】




