最終話・第一節:エリシアの決断
——終わった。
俺の手には、なおも闇を滴らせる一振りの大剣がある。
漆黒の大剣“夜喰らい”。
アダムの光を喰らい、闇の力が結晶化したそれは、ただ存在するだけで空間を歪ませるような、異質な威圧感を放っていた。
視界の先で、光の檻が砕け散る。
「……エリシア!」
俺は駆け寄る。
崩れた檻の中から、ゆっくりと立ち上がるエリシア。
燃えている——エリシアの背から生えた白い翼が、燃えている。
しかしその炎は、彼女の肉体を焦がすものではなかった。むしろ、彼女そのものが光の化身となったかのような神々しさがあった。
「……勝ったのね」
「ああ」
アダムは倒れた。
その代償に、ダンジョンそのものが崩壊を始めていた。
轟音とともに、天井が崩落する。
床が裂け、壁が軋みを上げて崩れていく。
「チッ……!」
最深部の入り口が瓦礫に塞がれるのを目の端に捉えながら、俺は奥歯を噛み締めた。
そして——
『……残念だが、ここまでだ』
頭の奥で、仮面の声が囁く。
『貴様は未だ完全体には至っていない。その体では、崩壊するダンジョンからの帰還は叶わぬ』
——わかっていた。
このままでは、ここから生きて帰ることはできない。
だが、それを認めるわけにはいかない。
「……何か、打てる手はないのか……?」
必死に考える。
何か方法はあるはずだ。
だが、どんな策を巡らせようとも、一つの答えにたどり着いてしまう。
“完全体”になること。
それさえできれば——
「……迷う必要はないわ」
エリシアが言った。
まるで俺の思考を読み取ったかのように。
その瞳には、迷いがなかった。
「私を殺して、力を喰らえばいい」
「……何を言っている」
「私は死ぬためにここにいるの」
静かに、しかし確かな決意を持って、エリシアはそう言った。
「ふざけるな……そんなこと、できるわけが——」
「できるわよ」
彼女は微笑む。
どこか、悲しげな、それでいて慈愛に満ちた微笑みだった。
「私が敵になれば、殺せるでしょ?」
次の瞬間——
光の魔法陣が展開される。
燦然たる輝きを放つ円環が、エリシアの足元に浮かび上がった。
その中心に、一本の剣が顕現する。
純白の刃を持つ、光の剣。
彼女は、それを手に取ると、俺に向けて構えた。
「さあ、決着をつけましょう」
彼女の声が、静かに響いた。