第三話・第一節:仮面の囁き
祭壇に浮かぶ黒い仮面——その存在は、先ほどの激戦の余韻と共に、俺の心に不穏な影を落としていた。
祭壇の中央から漏れる闇の泉は、まるでこの世界の奥底に封じ込められた禁断の力を示すかのように、淡い黒光を放っている。
その時、俺の耳元に、かすかな声が忍び寄る。
「蒼真……」
その声は、まるで遠い記憶の中から蘇るような、切なくも優しい響きだった。
振り返っても、そこに誰かの姿はなく、ただ薄暗いダンジョンの通路が続くだけだ。
俺は心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら、ゆっくりと祭壇へと歩み寄った。
歩を進めるたび、足元の石が軋む音が、静寂の中に不気味に響く。
近づくにつれ、黒い仮面からは、微かに冷たい光が漏れ出し、まるで俺を誘うかのような気配すら感じた。
その瞬間——
「……お前は、何故ここに?」
仮面から、低く、しかし確固たる声が響いた。
俺は一瞬、身がすくむのを感じたが、直後に拳を握りしめ、覚悟を決めた。
「俺は…ここに来るように導かれた。お前は……何者だ?」
問いかけると、仮面はゆっくりと宙に浮かび、微妙に揺れながら答える。
「我は闇の使徒、記憶なき者の象徴……汝の過去と未来を映す鏡なり」
その言葉に、俺の心は乱された。
「過去と未来……俺に何を望む?」
仮面の表面は、ひととき静寂に包まれ、やがてまた低い声で囁く。
「汝は、己の存在の真実を知るべき時が来た。すなわち、闇と光の狭間で揺れる存在、その両極を統べる鍵なり」
その言葉を聞くと、俺の中にこれまで感じたことのない懐疑と希望が、交錯するように湧き上がった。
蘇る前の記憶、改造を施されたあの日、そして今のこの異形の身体。
すべてが一つの大いなる謎へと収束しているかのような感覚に襲われた。
祭壇の周囲を取り巻く闇は、時折激しく揺れ、仮面の姿を浮かび上がらせる。
その姿は、かつての俺の記憶のかけらを映し出す鏡であるかのようで、決してただの”敵”ではない。
俺は、ゆっくりと仮面に手を伸ばした。
その瞬間、冷たい風が背後から吹き抜け、闇の泉の水面が一層濁り、空気が重くなる。
仮面の囁きが、今一度、俺の耳元に届く。
「汝の選択が、未来を創る。覚悟せよ、最強の死者よ」
その言葉を受け、俺は深呼吸をひとつ。
己の運命に抗うか、あるいは受け入れるか——
答えは、これからの戦いの中で見えてくるのだろう。
闇の中に浮かぶ黒い仮面は、今もなお俺の前に佇み、静かに次の指示を待っているかのようだった。