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第十九話・第一節:普通の人間だった頃は

 ダンジョンの奥深く、崩れかけた回廊の片隅に、俺たちは身を寄せていた。


 白い少女を撃破した後も、ダンジョンの奥からは不穏な気配が漂っていた。今のところ新たな敵は現れていないが、ここが完全に安全というわけではない。だが、エリシアの消耗を考えれば、休憩を取るのが最善だろう。


「……蒼真、あなたは疲れないの?」


 エリシアが壁に背を預けながら、俺を見上げた。彼女の白い髪は戦いの余韻に濡れ、白い肌には汗が滲んでいる。普段から儚げな印象の彼女だが、今は明らかに疲労の色を見せていた。


「俺は”死してなお歩む者”だからな。肉体の限界ってやつがない」

「……そう……そうよね……」


 エリシアは寂しげに目を伏せた。そして立ち上がろうとして、すぐに倒れそうになる。俺はエリシアを両手で支え、その場に座らせた。


「お前は少し休め。まだ戦いは続く。今は回復に専念しろ」

「蒼真……」


 エリシアは俺の服を掴み、消え入りそうな声で囁く。


「行かないで……」

「……何のことだ?」

「蒼真は休まなくてもいいんでしょ。でも私は……」

「エリシア、いいから休め。疲れていると碌なことを考えない。おまえが動けるようになるまで俺はここにいる。だから今は回復に専念しろ」

「……そうね。そうするわ。ありがとう、蒼真……」


 俺の言葉を聞きながら、エリシアは静かに呼吸を整える。それでも俺の服から手を離そうとしない。


 彼女は疲れ果てていた。


 俺には”疲れる”という感覚がないが、エリシアの様子を見ていれば、“生きている”ということがどれほど不便で、それでいて尊いものなのかが分かる。


 俺にはもう、“眠る”という概念すらない。


 ただ戦い、ただ歩み続けるだけ。


 ——それが、俺という存在だ。


「……」


 ふと、エリシアが何かを言いたげに俺を見た。


「何だ?」

「……いいえ。何でもない。ただ……こうしてると、昔を思い出すの……」

「昔?」

「私が”普通の人間”だった頃のこと……」


 エリシアは遠くを見るように、どこか懐かしげな口調で呟いた。


「夜、眠る前に、家の窓から外を見て、明日は何をしようかなって考えるのが好きだった」

「……」

「でも、そんな日常は長くは続かなかった。私は……“選ばれた”から……」


 その言葉に、俺は微かに眉をひそめた。

 エリシアの”選ばれた”という言葉が、ただの比喩ではないことは理解していたからだった。


 彼女は何者なのか——ずっと疑問に思っていた。


 俺は生前の記憶は改竄されたまま戻らない。それでも、エリシアもまた、“普通の人間”ではないことは分かっていた。そもそもの話、俺は一度もエリシアに自分の名を名乗っていない。


「お前……何者なんだ?」


 俺の問いに、エリシアは少しだけ口を噤んだ。


 だが、その瞳には迷いがなかった。


「……蒼真に隠していたことがあるの。そろそろ話すべきよね」


 そう言って、彼女は深く息を吐いた。


「私は、いいえ、私も……オリジン・コアの”実験体”だった……」

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