第十八話・第六節:謎の女、再び
エリシアの身体は、俺の腕の中でぐったりと力を失っていた。
白い少女——いや、あの異形を撃破した直後から、この状態が続いている。
「……持たねえな」
傷はそこまで深くない。だが、限界まで力を使ったせいで、完全に動けなくなっている。
俺は彼女を抱えたまま、ダンジョンの闇を進んでいった。
背中に背負う余裕はないし、今のエリシアを放っておくつもりもない。
だが、俺の両手は塞がったまま。
不意の襲撃があれば、回避するしかない——
「——まあ、珍しい光景」
唐突に、耳元で甘い声がした。
俺は即座に足を止める。
「……」
そこにいたのは——あの女。
黒髪、赤い瞳、黒い蝙蝠の羽。
オルド・ノクスのスパイか、それともただの傍観者か。
「そんなに睨まないで? 私はただ、あなたを見に来ただけ」
妖艶な笑みを浮かべながら、女は俺とエリシアを見つめる。
「あなたが誰かのために戦うなんて……ふふ、少し意外ね」
「……黙れ」
俺は無言で睨みつける。
戦う余力はある。
だが、エリシアを抱えている以上、無駄な衝突は避けたい。
「冗談よ。安心して、今はあなたと戦う気はないわ」
女はくすくすと笑うと、俺を覗き込むように顔を傾けた。
「このまま進むと、崩れかけた回廊があるわ。そこなら安全よ」
「……崩れかけた回廊?」
「そう。どういうわけか、ダンジョン自体に損傷がある場所には、モンスターは現れないの」
「……」
信じるか、信じないか。
だが、今はエリシアを休ませる場所を確保するのが先決だ。
「……黙っていなくなるってことはねえよな?」
「さあ、どうかしら?」
女は口元に手を当て、微笑む。
そして——
気づけば、そこには誰もいなかった。