第十七話・第四節:カボチャ頭の首が飛ぶ
咆哮が響いた。
黒曜石の鎧をまとった獣が、黄金の眼を爛々と光らせながら俺たちを睨む。
それと同時に、影がうごめいた。
「……またカボチャ頭か」
天井や壁の隙間から、次々と這い出してくる異形たち。
しかし、今回の連中は今までの雑魚とは違う。
——首がない。
いや、正確には首が飛び回っている。
胴体は人型で、鋭利な鉤爪を備えた腕を持つ。
しかし、それぞれの頭部は空中を自在に浮遊し、異様な軌道で俺たちを囲んでいた。
「飛び回る頭……か」
呆れつつも、俺は闇の刃を展開する。
エリシアが俺の横に並び、魔力を練る。
「いつもより厄介そうね」
「まあな。だが、問題ない」
俺は踏み込んだ。
最初の一閃——
宙を舞うカボチャ頭の一つを、闇の刃で切り裂く。
だが、胴体はまるで怯まない。
次の瞬間——
切り裂かれたはずの頭が、黒い霧とともに再生し、再び空を舞った。
「……面倒だな」
「どうやら、首を落としても無意味みたいね」
エリシアが光の矢を放つ。
眩い光がカボチャ頭を貫き、爆発的なエネルギーが炸裂した。
今度こそ、粉々に砕け散ったかと思ったが——
「……っ!」
霧が渦を巻き、頭部が再構築される。
「無限再生か……チッ」
俺は舌打ちしながら、背後に跳んで距離を取る。
このままでは埒が明かない。
その時——
「——おっと、危ないよ?」
少女の声が響いた。
俺が振り向いた瞬間、空中を飛び回るカボチャの一つが——
俺の顔面めがけて突進してきた。
「っ!」
ギリギリで避ける。
だが、その攻撃はただのフェイントだった。
気づいた時には——俺の背後に回り込んだ別のカボチャ頭が、大きく口を開けていた。
「——喰われる!」
反射的に闇の刃を振るう。
刃がカボチャの口内を切り裂く。
しかし、その瞬間——
カボチャ頭が爆発した。
「っ……!」
爆風が俺を吹き飛ばす。
空中で体勢を立て直し、着地する。
「……自己犠牲型の攻撃か。ますます厄介だな」
飛び回る首が攻撃し、胴体はそれを補給する。
無限再生しながら自爆を繰り返す。
なるほど、雑魚ではないわけだ。
エリシアが眉をひそめる。
「長引けば不利よ。どうする?」
俺は、一つ息を吐く。
「——仕方ない」
闇の力を解放する。
仮面が脈動し、闇が俺の身体を包む。
視界が研ぎ澄まされる。
「スローモーション……いや、違うな」
カボチャ頭の動きが、まるで手に取るように分かる。
俺は一歩踏み込む。
「終わらせる」
次の瞬間——
俺の刃が、全てのカボチャ頭を貫いていた。
黒い閃光が走る。
空中に浮かぶ無数の頭部が、一瞬のうちに斬り裂かれ、消滅する。
「——なっ……」
エリシアが驚いたように声を漏らした。
俺の動きは、もはや人の領域を超えていた。
仮面の力を完全に掌握しつつある。
カボチャ頭を殲滅した俺は、黒曜石の獣に斬りかかった。
ガキィィィン!!
鋭い衝撃音が響き渡る。
俺の闇の刃が、獣の黒曜石の装甲とぶつかり、火花を散らした。
目の前の敵——黒曜石の鎧をまとった獣は、四足歩行の巨体を持ち、その全身が漆黒の鉱石で覆われている。
頭部には剣のような角が生え、眼光は深紅に輝いていた。
「……硬ぇな」
俺は舌打ちしながら、後方に跳ぶ。
刹那、獣が地面を蹴った。
ズゥゥゥン!!
衝撃波が周囲に広がり、石壁が砕け散る。
奴は重装甲のくせに、速度もある。
加えて、一撃の破壊力が桁違いだ。
——だが、遅い。
『強化する』
仮面の意思が囁くと同時に、俺の身体が軽くなる。
仮面の効果か、俺の反応速度が加速し、視界が鮮明になる。
「——終わりだ」
俺は低く呟き、地を蹴った。
闇の刃が黒曜石の鎧を裂く。
獣の巨体が瞬時に切断され、暗黒のエネルギーが傷口から染み込んでいく。
「——グルルァァァッ!!!」
獣が咆哮する。
だが、それも最後の抵抗にすぎなかった。
俺はさらに刃を振り抜き、獣の四肢を断ち切る。
黒曜石の装甲が砕け、内部から赤黒い肉塊が露出する。
俺の刃が獣の首を断ち切った。
その瞬間——
獣の全身が光の粒となり、跡形もなく消滅する。
沈黙が訪れた。
俺はゆっくりと刃を収める。
「……蒼真、大丈夫?」
エリシアが歩み寄ってくる。
その瞳には、俺の異形化を心配する色が浮かんでいた。
「問題ない」
そう答えた瞬間——
「……面白いわね」
白い少女が、くすくすと笑った。
「うん、やっぱりあなたは”可能性”を持ってる」
彼女は俺を見つめ——そして、不敵に微笑んだ。
「さあ、次の試練に進みましょう……」




