第十六話・第一節:人間だったもの
戦いの余韻が消えぬまま、俺たちはダンジョンの奥へと進んでいた。
足元にはカボチャ頭どもの残骸が転がっている。あれほどの数を相手にしたというのに、今の俺には疲労すら感じられない。むしろ、闇の刃が体の一部として馴染み、さらに鋭さを増しているのを実感していた。
……いや、それだけじゃない。
視界が鮮明すぎるほどに冴えている。壁の罅割れ、天井にこびりついた血痕、遠くで滴る水音すら、まるで自分の一部のように感じる。
仮面をつけてから、確実に俺の力は進化している。だが同時に——
「……蒼真、大丈夫?」
横に並んで歩くエリシアが、俺の顔を覗き込んでいた。心配そうな瞳が俺を映している。
「ああ、問題ない」
「でも……」
「……心配なら、離れたほうがいい」
俺は仮面の表面に指を這わせた。こいつは間違いなく、俺を変えている。完全に支配される前に、どこまでなら耐えられるのか……その境界線を見極めなければならない。
エリシアは俺の言葉に少し驚いたようだったが、すぐに静かに首を振った。
「私は……最期まであなたのそばにいるわ」
その言葉に、何かが胸の奥で軋むような感覚がした。しかし、それが何なのかを考える余裕はなかった。
——前方から、何かが迫ってくる。
「……来るぞ」
俺は闇の刃を展開し、身構えた。
ダンジョンの奥から響く、不気味な蠢動。地面が揺れ、壁がざわめく。
そして、闇を切り裂くように飛び出してきたのは——
飢えた獣だった。
巨大な四肢、鋭く伸びた爪。人間の顔をした異形の怪物。
だが、こいつはただのモンスターではない。
「オリジン・コアの実験体……!」
エリシアが小さく息を呑む。
……なるほど、確かにこれは人間だったものの成れの果てだ。
歪んだ体躯。血走った瞳。生きるために何かを喰らい続けなければならないという、異常な執念を感じる。
だが、そんな怪物が何体来ようと——
「……邪魔だ」
俺は足を踏み出し、闇の刃を振るった。




