第十話・第三節:異形との死闘
アンデッドの裂けた口から、くぐもった声が漏れる。
「グゥゥ……アアァ……」
その声には、言葉にならない何かが込められているようだった。憎悪か、渇望か。それとも、ただの本能的な叫びか——。
「くるぞ!」
俺が構えた瞬間、アンデッドの身体が歪んだ。肉の塊がぐにゃりと捻れ、あり得ない動きをする。次の瞬間、奴は爆発的な速度で俺へと跳んできた。
「ッ……!」
間一髪、俺は闇の刃を振りかざし、アンデッドの腕を切り払う。しかし、切断されたはずの腕は、瞬く間に再生していく。
「やっぱり再生能力持ちか……」
「それだけじゃない! 見て、あいつ……!」
エリシアの警告に目を向けると、アンデッドの体がさらに膨れ上がり、新たな腕が二本、生えてきていた。
「増えてる……?」
「こいつ、ダメージを受けるたびに変異するんじゃないか?」
カインが苦々しげに言う。もしそうなら、適当に攻撃してもキリがないどころか、逆に強化される可能性すらある。
(どうする……?)
だが、悠長に考えている暇はなかった。アンデッドは俺を標的にし、一気に間合いを詰めてくる。
「なら……こっちも力を使うまでだ」
俺は腕に意識を集中させる。黒い霧のようなものが手から噴き出し、刃の形を成す。それは、これまでよりもさらに鋭利に、より黒く染まっていた。
——「闇の刃」。
力を使いすぎると、人間性を失うかもしれない。それでも、この状況を打開するには、迷っている余裕などなかった。
「お前は……ここで終わりだ」
俺は刃を振り上げ、一気に踏み込んだ。
アンデッドが咆哮し、四本の腕を広げて迎え撃つ。
だが——
「……遅い」
俺の闇の刃が、やつの頭部を一閃した。
斬撃の衝撃で、アンデッドの動きが止まる。黒い波動がその体を蝕み、肉が弾けるように崩壊していった。
「……やったか?」
カインが息を呑む。
アンデッドの体はバラバラになり、地面に崩れ落ちる。今度こそ、再生の兆しは見られなかった。
「……どうやら倒せたようね」
エリシアが小さく呟いた。その表情には安堵の色があるが、どこか複雑なものも見え隠れしていた。
「エリシア、お前……何か知ってるのか?」
俺が問いかけると、彼女は一瞬だけ視線を逸らした。
「……わからない。ただ、あのアンデッド……今まで見てきたものとは違った。まるで、誰かが意図的に作り出したような……そんな感じがしたの」
「意図的に……?」
その言葉に俺はふと、奇妙な記憶を思い出す。俺の人生には存在しなかったはずの記憶。どこかの研究施設と、白衣の男たち。
俺の脳裏に、一つの疑念が浮かぶ。
(やっぱりこのダンジョンは、あの研究施設と……関係があるのか?)
確証はない。だが、エリシアの言葉には妙な説得力があった。
「……考えていても仕方ない。今は、先に進もう」
俺は闇の刃を消し、歩き出す。
戦いの余韻が、じわじわと身体を蝕んでいた——。