第八話・第二節:レジスタンスの拠点
エリシアに案内され、俺たちは森の奥へと歩みを進めていた。
ダンジョンの出口からしばらく歩いたところに、ひっそりとした山道が続いている。道なき道を進むうちに、周囲は徐々に人の手が入っていない未踏の領域へと変わっていった。
「レジスタンスの拠点はこんなところにあるのか?」
俺は足元の枝を踏み折りながら問いかけた。
「そうよ。表向きはただの廃村だけど……内部はそれなりに整備されてる」
エリシアの言葉通り、やがて俺たちの前に朽ち果てた建物群が姿を現した。
屋根は崩れ、壁にはツタが絡みついている。数十年は放置されたままのように見えるが、地面にはかすかな足跡が残っていた。人の出入りがある証拠だ。
エリシアは廃屋の一つの前で立ち止まり、木製の扉をノックする。
——トン、トン、トトン、トン。
決められたリズムでの合図。
しばらくして、内部からわずかに扉が開かれた。
「……エリシアか?」
顔を覗かせたのは、銃を構えた男だった。
「ええ、私よ。リーダーに報告したいことがあるわ」
エリシアが答えると、男はちらりと俺の方を見た。
その視線には、明らかな警戒心が滲んでいる。
「そいつは?」
「私が連れてきたの。信用して」
エリシアの言葉に、男はしばらく俺を値踏みするように睨みつけていたが、やがて無言で扉を開いた。
「……入れ。ただし、妙な動きをすれば撃つ」
「ご親切にどうも」
俺は肩をすくめながら中へ入る。
内部は思ったよりも整備されていた。
廃墟の外観とは裏腹に、中には発電設備があり、簡易的な通信機器や食料庫も揃っている。何人もの人影が忙しそうに行き交い、それぞれの役割をこなしていた。
「レジスタンスって、こんな規模なのか?」
「私たちの拠点はここだけじゃない。でも、ここは前線基地みたいなもの。ダンジョンの調査や戦闘員の訓練をしている場所よ」
なるほど。ダンジョンが現れてから人類は混乱に陥っているが、その影でこういう組織が動いていたわけか。
レジスタンスの人々は、人種も国籍も様々だった。いや、人種や国籍といった概念があるかどうかすら怪しかった。ダンジョンだけでなく人間も、まるで別の世界から現れたかのような風貌をしていた。
「日本じゃないみたいだな」
「……環境に適応したのよ」
「どういうことだ?」
「ダンジョンに挑む者は、ダンジョンに相応しい姿になるの。そして異能者と呼ばれるようになる……」
「エリシアもそうだったのか?」
「私は……」
エリシアは一瞬、言い淀んだ。
「私には、異能者になる前の記憶がないの」
「……異能者ってのは何なんだ?」
「特殊な力に目覚めた者のことよ。剣術だったり魔術だったり……能力の内容は様々なの」
だが、俺の力はそうじゃない。
俺は周囲の視線が自分に集まっているのを感じた。
「……なんだよ、そんなに珍しいか?」
無造作に呟くと、誰もがすぐに目を逸らしたが、その警戒心は明らかだった。
エリシアは俺をまっすぐに見つめながら言う。
「リーダーに会いに行くわ。ついてきて」
俺は黙って頷き、彼女の後を追った。
この場所が俺を受け入れるのか、それとも——。
どのみち、確かめるしかない。




