第一話・第一節:異形の身体に戸惑いながらも、ダンジョンに侵入
俺はゆっくりと拳を開いた。
指先には未だに黒い炎の残滓が揺らめいている。
だが、燃えているはずの手のひらには、まったく痛みがない。熱さすら感じない。
(……やっぱり、おかしい)
あの時、確かに俺は死んだはずだった。
なのに、こうして息をすることなく、心臓も動いていないまま意識を保っている。
それだけじゃない。
自分の身体を改めて観察すると、肌は以前よりも白くなり、青みがかった静脈がうっすらと浮かんで見えた。
鏡がなくてもわかる。今の俺は——“生前の黒崎蒼真”とは別物になっている。
(人間じゃなくなった……ってことか?)
ゾンビを拳一発で燃やし尽くした異常な力。
人間ではありえない身体の変化。
——何より、“生きている”という実感がまるでない。
自分が何者なのかわからないまま、俺は周囲を見渡した。
見慣れたはずの街は、黒い霧に包まれ、どこか違う世界に変貌していた。
(この街に何が起こった?)
街路樹は枯れ果て、アスファルトには無数の亀裂が走っている。
見上げた空には巨大な裂け目が浮かび、その奥には”何か”が蠢いていた。
異常な世界。
異常な自分。
すべてが現実とは思えなかった。
——しかし、俺はこの”異常”の中に、確かな”気配”を感じ取っていた。
(……何かが、俺を呼んでいる)
漠然とした直感だった。
だが、俺の中の”何か”が、それを確信していた。
行かなければならない、と。
——その時だった。
ギギギ……
突如、足元の地面が崩れ落ちる。
「……っ!?」
咄嗟に跳び退るが、俺の立っていた場所には”黒い穴”がぽっかりと口を開けていた。
ただの亀裂じゃない。そこはまるで”別の世界”への入り口のように、不気味な光を放っている。
——いや、これは。
「……ダンジョンか」
俺は思わず呟いた。
ゲームや小説でよくある、異世界への入り口。それが現実に目の前に現れた。
そして、その奥から聞こえてくるのは——。
「グゥゥゥ……」
底知れぬ”飢え”を孕んだ唸り声。
暗闇の奥で、不気味に光る目。
俺は直感した。
(あの中には、俺と同じ”闇の力”を持つ存在がいる)
恐怖はなかった。
むしろ、不思議なほど落ち着いていた。
そして、俺の足は——自らの意志で、その”闇”へと向かっていた。