プロローグ:死と再生
俺は死んだ。確かに、あの時——。
交差点の信号は青だった。
だが、次の瞬間、視界が鮮血に染まった。
猛烈な衝撃。骨が砕ける鈍い音。地面に叩きつけられる感覚。
誰かの悲鳴が遠のく中、俺はゆっくりと視界が暗転していくのを感じていた。
——ここで終わりか。
走馬灯すら流れないのは、俺の人生に大した思い出がなかったからか?
ぼんやりと、そんなことを考えながら意識が途絶えた。
しかし、俺の人生はそこで終わらなかった。
※
暗闇の中で目が覚めた。
呼吸はない。心臓の鼓動も聞こえない。だが、確かに意識はあった。
(……ここは?)
漆黒の虚空。どこまで続くのかわからない闇の中に、俺は浮かんでいた。
自分の身体を確認しようとするが、感覚がない。まるで魂だけが存在しているような状態だった。
——その時、“それ”が現れた。
『目覚めたか』
無機質な声が響く。声の主は、人の形をしていながらも実体を持たない”影”のような存在だった。
『お前は死んだ。しかし、それで終わりではない』
「……何を言ってる?」
『お前には”選ばれる”素質があった。だから、私はお前を”再生”する』
影の存在は淡々と言葉を紡ぐ。
『代償として、お前は”変質”する』
「変質?」
『人ではなくなる、ということだ』
その言葉を最後に、俺の意識は再び深い闇へと沈んでいった——。
※
——目を覚ますと、世界が変わっていた。
そこは見慣れた街のはずだった。
しかし、辺りには黒い霧が漂い、空には不吉な裂け目が浮かんでいた。
そして、地面には異形の怪物たちが徘徊していた。
「……ゾンビ?」
腐り果てた皮膚、白濁した目。映画でしか見たことのない”それ”が、現実にうごめいていた。
(俺は……夢を見てるのか?)
そう思いながら、自分の手を確認する。
「……なんだ、これ」
指先の皮膚は不気味な黒に染まり、手の甲には不気味な紋様が浮かんでいた。
さらに、視界に映る世界がどこか”鮮明すぎる”。
まるで、すべてのものが”異質”に見えた。
そして——俺は気づく。
(目が……青くなってる?)
ビルのガラスに映る自分の顔を見て、言葉を失った。
生前の俺は、普通の黒髪黒目の人間だったはず。
だが、今の俺の目は、不自然なほどに深い蒼に染まっていた。
「……俺は、生き返ったのか?」
しかし、それと同時に”何かが変わった”という感覚が拭えない。
——その時、俺の背後で何かが動いた。
「グゥ……アァァ……」
振り向くと、そこには腐臭を放つゾンビがいた。
人間だった頃の名残をわずかに残したまま、それはよろめきながら俺に向かって手を伸ばしてくる。
「……ふざけんなよ」
恐怖よりも、先に怒りが込み上げた。
(俺が死んで、生き返ったと思ったら……今度は化け物の相手かよ!)
だが、俺の中には今までとは違う”確信”があった。
——勝てる。
そして、無意識のうちに”それ”を発動させていた。
「……燃えろ」
呟いた瞬間、俺の右腕に黒炎が灯る。
その炎は異常なまでに禍々しく、普通の炎とは明らかに違う”闇の気配”を孕んでいた。
ゾンビが俺に飛びかかろうとした瞬間——俺は拳を振り抜いた。
ゴォォォッ!
炎を纏った拳がゾンビの頭部にめり込み、そのまま一瞬で灰と化した。
「……マジかよ」
異常な力。だが、恐怖よりも”しっくりくる”感覚が強かった。
(まるで……この力が”当たり前”のような……)
その違和感を抱えたまま、俺はゆっくりと立ち上がる。
「まずは、この世界がどうなってるのか確認しないとな」
俺は、自分の変化と、この異常な世界の謎を解き明かすために歩き出した。
最強の死者——黒崎蒼真の”帰還”が、今始まる。