第一話 執念が見せる夢?
「お、目が覚めたか?」
十中八九死んだと思った。けれど何故か目が覚めて、すぐに夢かと納得する。
奈央を覗き込む、緋色の瞳。ダークチョコレートの髪は少しだけ癖があり、触れたら柔らかそうだ。
その美貌には、見覚えがあった。そう、彼の姿はどこからどうみても――、
「……レオン?」
ぽつりと呟いた声に、違和感を覚える。しかしすぐに「そうだけど」と可笑しそうに笑った可愛らしい表情に、奈央の思考は驚きと歓喜に塗りつぶされてしまった。
(すごい、なにこれ、死ぬ間際にみる夢ってこんな感じなんだ)
もっと、自分の人生を反映した走馬灯が過るものだと思っていた。なのにこんな、欲望マシマシの夢だとは。
「感謝感激雨あられ……」
「どうした、お前」
こてりと首を傾げる美男の名は、レオン・クロスフォード。何を隠そう、奈央がのめり込んでいた乙女ゲームに登場する、双子王子の片割れである。つまりこれは、最後にログインをし損ねた奈央の執念が見せた夢なのだ。
奈央が目の前の非現実に手を合わせて感謝していると、レオンが柳眉を顰めて、奈央に手を伸ばす。ぎしりとベッドのスプリングが鳴って、奈央は漸く自分が置かれている状況を把握し始めた。
どうやら奈央は、広いベッドに寝かされているらしい。その縁にレオンが細い腰を下ろしていて、なにやら心配げな表情で奈央に身体を寄せている。
(いや、どういう状況?)
なんだかやたらとリアルな質感に、今度は挙動不審になり始めた奈央の額を、レオンの細長い指先がそっと撫でた。
「お前、何か変だな。やっぱり打ちどころが悪かったか……」
「う、打ちどころ?」
「それも覚えてねえの? 俺が乗ってた馬にぶつかってきて……一歩間違えば、大怪我だったんだからな」
気を付けろよ、と厳しい顔で叱られる。「へー」と他人事のように返事をした奈央を「分かってないだろ」とレオンは咎めた。
「喋り方もなんか変だし……数ヶ月会わない間に、何かあったのか?」
「喋り方?」
首を傾げるばかりの奈央にレオンは緩く首を振る。
「ま、いいや。お前の家に連絡しておくな、夫人が心配してるから」
ベッドから立ち上がったレオンが、窓際まで歩く。
「ウルクス」
窓を押し開いたレオンが短く呟いた。すると、一羽の真っ白な梟が、外からひゅるりと飛んでくる。腕に留まった梟の額を優しく撫でてから、レオンは長い睫毛を伏せた。
暫しの沈黙が流れ、目を閉じていた梟の双眸が、カッと見開かれる。その瞳には、青い紋様が浮かんでいた。
「頼むな」
梟は、また青空へと飛び立っていく。
言われてみれば、王家だけが使える伝令方法に、ウルクスと呼ばれる梟が居た。念じるだけで言伝を預けられ、指定した相手にのみ言葉を届けられる、機密性の高い手法だ。その体躯は穢れなき白。瞳には王家の意匠が浮かび上がり――記憶の中の設定をなぞらえていたところで、レオンがこちらを振り向いた。
「そういえば、なんで下町を歩いてたんだ? ダリアは」
「――え?」
呼ばれた名前は、間違いなく奈央に向けられた固有名詞だろう。
けれどその名前が信じられなくて――信じたくなくて、奈央は限界まで目を見開いた。