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プロローグ 最後の後悔




 神も占いも信じてはいないけれど、恐らく今日の運勢は最下位だったのだろう。

 馬鹿みたいに真っ青な空を見上げながら、華の女子大生である池田(いけだ)奈央(なお)は能天気に思った。


 日常の延長戦。今日もその筈だった。いつも通り大学で講義を受け、最近ハマってるクレープ屋に新作が出たというので、友人と寄り道して。


 もうほとんど言うことを聞いてくれない身体をどうにか動かし、視線をずらす。折角買ったクレープは、見るも無残な姿でアスファルトに打ち付けられていた。


(一口くらい食べてみたかったなあ)


 季節のマロンクリームが練りこまれた甘い生地。ふわふわのホイップクリーム。宝石のように輝くフルーツたち。


 きっとほっぺたが落ちてしまうほど美味だったであろう。味を想像しようとして、けれど味蕾を通して伝わったのは、嫌になるほどの鉄臭さだった。


 指先からどんどん力が抜けていく。全身の温度が、急速に失われていくのが分かった。


 出来立てのクレープを受け取って、味の予想を言い合いながら歩道に出る。その時だった。鉄の塊が、猛スピードで突っ込んできたのは。


 ガードレールを乗り越えた車体は、容赦なく奈央の身体を吹っ飛ばした。衝撃が強すぎるあまり、その瞬間と直後の記憶が曖昧だが、涙声で何度も己の名前を呼ぶ友人の声から察するに、友人は無事だったらしい。


 それなら、良かった。返事は出来そうにない。とにかく全身が痛くて、瞬きすら億劫で。


 ゆっくりと全ての音が遠ざかっていく。悲鳴も、怒号も、こちらに向けられたフラッシュの音も。


 けれどその全てに現実味がなく、奈央の思考は未だ呑気だ。


(あー、バイト先に迷惑かけちゃうな。あのドラマも、こんなことなら録り溜めないでちゃんと見ておけばよかった)


 恐らく友人に知られたら「どうでもいいわ!」と叱られそうな後悔が滔々と浮かんでくる。

 最後に奈央は、今日という日において一番のやり残しを思い出してしまった。


(そうだ、ログイン……ッ、朝のうちにしておくんだった!!)


 後悔の念が強すぎて、思わず咳き込んでしまう。同時に口からごぷりと生温かい何かが溢れた。


 奈央が高校生の時分から夢中の乙女ゲーム「君とトキメキ♡王宮生活」。チープなタイトルに反してストーリーやキャラ設定が良く、若い女性に人気のソーシャルゲームだ。

 今日は登場キャラの中でも特に人気が高い、双子の王子の誕生日であり、ログインするだけで様々なボーナスが受けれる特別な日だった。


 奈央も例に漏れず双子のファンで、今日を楽しみにしていた。家に帰って、お風呂もご飯も済ませて、それからゆっくり誕生日イベントを楽しむつもりだったのに。


 取り乱した友人の悲鳴が聞こえる。代わりにログインしておいてくれないだろうか。そんなことを本気で考えている内に、薄っすらとサイレンの音が近づいてきて――そこで、奈央の意識はブラックアウトした。




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