第7話 次の仕事の依頼です
藤江 幸頼 27歳 関東公安調査局第一部勤務
神楽 伝次郎 42歳 日本宗教調世会企画部長
船越川 瑠理香 40歳代前半? 日本宗教調世会調査員
まだ六月だというのに真夏日を記録した六月十二日の十五時、藤江は、情報制御室のコンセントに十センチメートル四方の機器を差し込み、スイッチを入れる。
即座に、コンソールからピピッと警告音が鳴り、モニターに「Win」の文字が表示された。
藤江は、用意された本は全て読み終え、DVDも観終えている。
毎朝、船渡川は顔を出すが「監視をお願いします」と同じ挨拶ばかりで、追加の本やDVDもなければ、具体的な指示もない。
時間を持て余さないよう、通信情報の解析プログラムを書き、AIの不正通信監視と勝負をすることが藤江の日課になっていた。
今日は、電力線通信PCLを使った不正送信の検知を競っている。古い技術ほど監視の盲点になりやすいものだ。
モニターの表示は、藤江の解析プログラムがAIより先に検知したことを意味する。もっとも、自分でテーマを決めて、自分で検知するプログラムを書くのだから、負けられないのだ。
「藤江くん、元気?」
壁のコンセントに向かってしゃがみ込み、ガッツポーズをしているところに、ファイルを持った神楽が入ってきた。
「元気そうだね」
神楽は、藤江の姿に驚く様子もなく、テーブルの上にファイルをどさりと置き、話を続ける。
「五階のタイムマシン開発が一気に進んで、藤江くんに手伝ってもらいたいことがあってね、頼みにきました。今日もAIに勝ったんだね」
やはり、監視している藤江は、監視されている。
藤江はプログラムを書ける程度の知識は持ち合わせているが、それが開発に役立つとは思ない。
返事に窮している藤江をよそに、神楽は話を続ける。
「明日から、五階の研究エリアに来てもらいます。もう、不正通信の監視はいいや。AIの弱点を見つけてくれて、期待以上の仕事ぶりだったよ。藤江くんのプログラムに負けじとAIをこっそり強化したりしたんだけど、気がついた?」
「何を手伝えばよいのでしょうか」
いつものように脱線ばかりする神楽に尋ねた。
「藤江くんは、前職が公安調査局だから人を見る目には長けているだろ。研究エリアに出入りする人間を監視して、怪しい人物がいないかチェックして欲しいんだよ」
神楽は、いつまで「前職」を付けるつもりだろう。
研究エリアに一番多く出入りするのは、時間運航プロジェクトの統括リーダーである神楽自身だそうだ。
「まずは、僕を疑ってね」
そう言う神楽が、どこまで本気なのかわからない。
次に多いのは、総務班との連絡調整など雑務をこなす船越川だ。
「彼女も、怪しいよね」
散々お世話になっている神楽が、真顔で言っている。
そして、定期会議に出席する部門リーダーの五名だ。
時間運航プロジェクトには、量子物理学、高エネルギー物理学、ナノテクノロジー、時間理論データ解析、AIロボティクスの五部門に分かれて研究開発が進められている。
タイムマシンの組み上げは終えており、時空データを含めた制御プログラムの完成を待つばかりなので、部門リーダー以外が研究エリアに立ち入ることは、今はないそうだ。
「ファイルを見て、憶えてね」
藤江は、五人の履歴書が綴られたファイルを手にした。