第3話 何も知らされず初めての出勤
藤江 幸頼 27歳 関東公安調査局第一部勤務
船越川 瑠理香 40歳代前半? 日本宗教調世会調査員
四月一日、藤江は、指示された新宿区のビルに出勤した。
エレベーターに乗り、四階のボタンを押す。
異動に際して知らされていたのは、ここまでだった。引継ぎがないばかりか、前任者がいたのか、いなかったのかさえ、知らされなかった。
四階に着き、ドアが開く。
白を基調としたホールが見えた。
正面には、ロートレックの「マドモアゼル・エレガンティーヌとその一座」が飾られている。その左側に置かれた観葉植物オーガスタの濃い緑が映える。
ホール右手前に洗面所があり、その正面から奥まで廊下が続いている。廊下に設けられた北向きの窓からは、隣のビルに反射した陽光が僅かに差し込んでいる。
シンプルなドアが二つ見えた。
「藤江さんですね」
手前の部屋のドアが開き、一人の女性が現れた。
髪を後ろでまとめ、紺色のスーツに身を包むその女性は、右手でシルバーフレームの眼鏡の位置を直しながら挨拶をする。
「日本宗教調世会、調査員の船越川です。よろしくお願いします」
身長は、百六〇センチメートルほどだろう。黒いヒールを履いているが、高さは五センチメートルもない。アクセサリーを付けていない白くしなやかな指が印象的だ。
お辞儀を終え、顔を上げた船越川の眼は、眼鏡の奥で鋭く光った。
藤江は、人的情報収集を中心に活動する公安調査官の職業病なのだろう、相対する人物を観察する習慣ができている。
しかし、女性の年齢を推定することだけは苦手としていた。船越川は三十代半ばか四十代か、自分より年上であること以外は自信がない。
船越川に案内され、部屋に入る。
中央に白い天板の会議テーブル、左奥隅に事務用のデスクがあり、机上に二十六インチモニターとキーボードが置かれている。
左手前の天井に、黒いドーム状の監視カメラが目に入るが、藤江は気付かない風を装い、顔を向けることなく周囲を見回す。
ほかに什器はなく、白のパーテンションに囲まれているだけのシンプルな造作だった。
初日は、事務手続きに要する書類を記入する。
監視カメラの先に様子を窺う視線を、藤江は感じ取っていた。
翌日から、船越川のレクチャーが始まる。
調世会の表向きはともかく、隠された事業内容は、信じ難いものばかりだった。
調世会は、冥界からの幽霊や鬼、悪魔といった類の出現を把握し、対処している。除霊、鬼退治、悪魔祓い、言い方は違っても阻止活動に変わりはないそうだ。
近年は、予防的先制措置として冥界に踏み入り、原因を断つための調査研究をしているという。
調世会の企画部は、総務班と開発班、監視班の三班があり、総務班は各国組織との連絡調整、開発班は探知装置などの設計・製作、監視班は各地での異常現象をモニターしている。
調世部は、調査班と修復班の二班があり、調査班は冥界からの干渉の調査・分析、修復班は事件事故の後始末を行っている。
増加している阻止活動には、実行部隊である調世部が、その任に当たっているそうだ。