第2話 特命と言えなくもない内示
藤江 幸頼 27歳 関東公安調査局第一部勤務
ファイルのページを捲ると、法人の詳細が記されていた。
日本宗教調世会は、明治三十三年に「信教の自由を尊重し、宗教文化が共有する課題を調査研究し、秩序ある社会の形成に寄与し、もって、世界平和の維持を目的とする」を定款に設立された。
現在は、内閣府に認定された公益財団法人である。
主たる事務所である本部を東京都新宿区に置き、札幌市、名古屋市、大阪市、福岡市に支部を持つ。本部に七名、各支部に五、六名の調査員が所属し、提携する神道、仏教、キリスト教などの代表団体から依頼される宗教に関する調査研究を行っている。
財源は、加盟する代表団体からの会費と、提携する宗教法人からの寄付金によって成り立っているという。
藤江が知る限り、観察対象となる「特異集団」には位置付けられていない。ノーマークの団体だ。
「四月から、この法人に勤務してもらえないかと考えています」
資料を読み終えた頃を見計らって、局長が告げる。
おかしな話だと、藤江は思った。
この時期に打診されるのは、他省庁や本庁である公安調査庁、他管内の公安調査局や公安調査事務所、あって法務関係の外郭団体への出向だ。公益財団法人、ましてや、宗教関連団体への出向は、噂にも聞いたことがない。
出向の対象ではなく、観察の対象である。
それに、局長は「勤務してもらう」と言った。
第一部長から、説明が加えられる。
調世会は、表看板のほかに、高次元界からの干渉に対して調査、研究開発、阻止活動を行っているという。「高次元界とは……」と説明し始めた第一部長は、言葉を止め局長を見た。
局長は、軽く頷く。
「高次元界とは、平たく言うと『死後の世界』のことです。『冥界』『冥府』『黄泉』と呼び方は様々ありますが、同じ世界のことです」
そこは神の世界でもあるという。
その冥界から現世に干渉があり、深刻な影響を与えているそうだ。
「近年、悪霊や悪魔の出現が多くなっています」
第一部長は、真顔で話している。
調世会には、冥界の調査研究や悪霊出現への対策経費として、莫大な予算が投入されている。予算を投じながら内閣府や各省庁の機関としないのは、世紀をも超える長期の取組が必要なため、短期で不安定な政治や行政ではなく、宗教を基盤とした団体に担わせる必要があるからだそうだ。
日本だけではなく、世界各国に同様の組織がある。
藤江の任務は、その団体が暴走しないよう研究・開発プロジェクトを監視することと、情報漏洩の絶対的な阻止である。
出向する職員は、公安調査庁の定数にはカウントされない。ましてや、この異動の内容では、カウントどころか身分も抹消されるのは、想像に難くなかった。
それでも、入庁以来、団体規制においても、情報貢献においても、目立った成績を上げていない藤江には、今の業務を漫然とこなすより、この謎多き打診の方に心惹かれた。
藤江は、その場で、承諾する意思を伝えた。