第14話 スパイがいる証拠
藤江 幸頼 27歳 関東公安調査局第一部勤務
神楽 伝次郎 42歳 日本宗教調世会企画部長
船越川 瑠理香 40歳代前半? 日本宗教調世会調査員
「さすが藤江くん、歴史の多重化と因果のスパイラルを覚えていてくれたんだ」
神楽は、お弁当のポテトサラダだけを全部取って食べ、お茶を口にして言う。
「説明するね。明日の僕が『スパイがいない』と今日の僕に伝えれば、今日の僕はスパイ捜しをしなくても済むじゃない。で、明日になって『やっぱりスパイはいなかった』と確認して、昨日の僕に伝えに行くわけだ。でも、ここで伝えているのは、何もせずとも『スパイはいない』ことが確認できた今日の僕の情報であって、明日の僕の情報ではないんだよ。因果のスパイラルは、発生していないよね」
よく聞いていないと、騙されそうだ。
「ここで、神がどこかの世界を取り除いたら、その世界の僕はいなくなるから、一日前の僕に情報は伝わらない。そこで、歴史の多重化が発生するよね」
神楽は矛盾を認めた。
「伝えてもらえなかった僕は、どうすると思う?」
藤江に尋ねる。
「面倒に思いながら、スパイ捜しをするんじゃないんですかね」
「そうだよね、するよね。そして『スパイがいない』ことがわかって、翌日になってから、一日前の僕に伝えに行くんだ。元のパターンに戻る。歴史の多重化も一日で解消して、神が騒ぐほどじゃない」
神の気持ちまではわからないが、確かに神楽の言うとおりかもしれない。
「それをしないということは『スパイがいる』ということでしょ」
神楽は、日替わり弁当の唐揚げを頬張りながら話す。
「なら、誰がスパイかを伝えた方が、手っ取り早いですよね」
弁当を食べ終え、紙コップを手に船越川が言う。
「明日の僕が、今日の僕に『藤江くんはスパイだ』と伝えるだろ。今日の僕はどうする?」
「例えは気に入りませんが、私を別の公安の人に引き渡すでしょうね」
藤江の答えに、船越川も頷いた。
「それはそれで、何もしなくて済むから楽だけど、明日になって昨日の僕に伝える情報は、明日の僕の情報だよね。今日の僕は、藤江くんがスパイだと確認したわけじゃない。神が嫌う因果のスパイラルが発生してしまうのさ」
「確かに、藤江くんがすぐに白状すれば別ですけど、そう簡単に口を割りそうもないですよね」
船越川は、藤江の顔を覗き込みながら、神楽に同意した。
すっかり犯人扱いの藤江は、確認する。
「スパイ捜しをした上で、昨日の神楽さんに伝えに行けば、今日の神楽さんの情報を伝えることになるので、問題はないですよね」
「そう。でも、昨日の僕がそれを聞いたところで、やはりスパイ捜しをしなければならない。伝えに行くだけ無駄じゃない」
「誰がスパイか予めわかっていれば、対応がしやすいのではないですか」
当たり前のことを藤江は神楽に意見した。
「未来を知ることが、歴史の多重化につながるんだよ」
弁当を食べ終え、藤江が三人の空容器をまとめた。
「明日の僕もそう考えているから、何も伝えに来ない。だから、スパイはいるんだね」
神楽は、自信満々だ。
「仮に今の理論に間違いがあったところで、明日の僕も、昨日の僕も間違っているから『スパイはいる』事実は変わりようがないよ。さあ、始めようか」
時刻は、十二時五十七分になった。




