第1話 局長に呼び出される藤江
藤江 幸頼 27歳 関東公安調査局第一部勤務
神楽 伝次郎 42歳 日本宗教調世会企画部長
二〇二四年九月十七日、日本宗教調世会の研究エリアに時間運航プロジェクトの部門リーダー五人が招集された。普段は、各部門の開発状況に応じて勤務しているため、全員が顔を揃えるのは珍しい。
神楽企画部長から連絡が入ったのは、昨夜の二十二時を過ぎてからだった。暗号化されたメールの本文には「明日十四時に会議室に集合」とだけ書かれていた。
藤江は、その日もいつも通りの時間に出勤する。
東京メトロ副都心線の東新宿駅で降り、都道三〇二号新宿両国線を東に歩く。
朝九時だというのに日差しは強く、歩くだけでも汗ばんでくる。藤江は、ワイシャツの襟元のボタンを外した。
十五分ほど歩いた先のテナント・ビルに入る。
五階建てのビルは、一階がアジア雑貨の販売店、二階はヨガ教室、三階以上は、調世会のオフィスになっている。
ビル右手の通路から奥に入り、エレベーターに乗り込んだ。手順通りにいくつかのボタンを押し、操作盤のパネルを開いて指紋認証を行う。
エレベーターは下降し始め、表示のない地階へと向かう。
地下には、調世会の施設が広がっている。地上の細いビルの見た目と比較にならないほど広大だ。
エレベーターに表示はないので、到着階はチャイムで聞き分けるしかない。
地下五階を示す「ズン」と低いチャイムが鳴った。
藤江は、調世会の地階を自由に行き来できる権限を持っているが、職員ではない。プロジェクトの部門リーダでもない。
調世会の研究・開発プロジェクトの監視と情報漏洩を防ぐため、関東公安調査局から出向している。
いや、正確には出向でもなかった。
***
靖国神社の境内に、早咲きの梅の花が目に付き始める二月の下旬、九段合同庁舎の関東公安調査局第一部に勤務する藤江は、出勤早々、首席調査官に声を掛けられた。朝一で局長室に来るよう話があったという。
藤江は、椅子に置いた鞄をそのままに、机上のノートブック型パソコンの電源を入れ、局長室に向かった。
ノックし、オーク材であろう重厚なドアを開ける。
二上局長はソファを前に立っていた。ソファの左手にはファイルを手に橋本第一部長が座っている。
「おはようございます。どうぞ、掛けてください」
局長に促され、ソファに座った。
「藤江幸頼さんは、入庁四年目、二十七歳ですね。今は、第一部で国内の団体規制に携わっている……」
ファイルを見ながら、局長は言った。
「仕事の方は、どうですか」
ありきたりな質問から始まった。
藤江は、公安職は希望していた職種であり、自分なりに頑張っていると、ありきたりな答えを返す。
「キャリア・アップのため、次年度に異動はどうかと考えています」
一般の異動内示であれば、三月中旬である。
藤江は、出向の打診だと確信する。
「これから話す内容は、藤江さんが承諾するしないに関わらず、機密情報だということは忘れないでください」
出向にしては雲行きが怪しくなったと、藤江は身構えた。
局長の言葉を受け、第一部長は、手に重ね持っていたファイルの一冊を藤江に差し出す。
茶褐色のA4ファイルは、さほどの厚さもなく、何の標題も書かれていない。
藤江は、表紙を開いた。
「公益財団法人日本宗教調世会について」の文字が目に入る。右上には、わかりやすく「機密」と赤字で書かれていた。