5. ILLUMINATION! ~リツキのオツキサマ~
「おおおおおおッ!!」
「……い、いいかげんにしろ……!!」
髪が乱れ、シャツもパジャマも血まみれになった痛ましい姿の水鏡くんが、それでも立ち向かう。
まさしく鬼気だ。『狩人狩り』たちも恐怖の色をにじませていた。そして怖いのは私も同じ――なぜなら水鏡くんは諦めない。勝つか死ぬまで止まらないだろうことが、感覚で分かってしまう。
やらなくてはならない。私が――
「『アナザーブリック』!」
「――!!」
柱の側面から、石のブロックが突き出し――走り出した水鏡くんの側頭部を直撃した。
それに合わせるように、私を抑えていた騎士鎧の男『ローラン』が跳ぶ。
「……気迫だけで何ができる。第一、そう盛らずともお前はどうせ殺さんよ! 記憶も『機関』が勝手に消してくれる!」
ふらついた水鏡くんが、拳を床に突き立てて踏ん張った。黒髪から血が垂れ、足腰がガタガタと震えているのにまだ倒れない。
ダメだ――早さでは勝てない。ここからでは助けに行く前に……!!
「われらの標的は『狩人』のみ! 殺すのはそこの女だけだ! ――さぁ、安心して眠るがいいッ!」
――バヂィ……ッ!!
『ローラン』が、水鏡くんの顔面をしたたかに殴りつけた瞬間――紫色の電光がそこから飛び散った。強烈に吹き飛ばされた彼は、壁に叩きつけられ、よりかかった姿勢のままついに動かなくなった。
(……こいつら、よくもッ!!)
「ハハハ、派手にやったものだな。うっかり死んだかもしれんぞ?」
魔女はあざ笑うが、その相棒である太った男は沈黙していた。
凍り付いた表情で水鏡くんのことを見ている。
「……なんだ、今の電気は?」
「え?」
「ご存知でしょう? あんな能力は、ローランにはありません……」
――うつむいた水鏡くんは、いまだ紫色の稲妻を頭から走らせている。
『バヂッ!!』とひときわ大きなスパークが、彼の額で光った。特徴的なバツ印の傷痕がある場所だ。
そのバツを構成する二画のうち、左目を縦断する大きな線が――小さな紫炎を上げながら消滅した。
水鏡くんの濡れた黒髪から、真っ黒な泥のような液体が染み出てくる。その下から鮮やかなオレンジ色の髪が現れた。額から後頭部の方へ泥が流れ出ていき、その流れで髪が整えられて、完全にオレンジ一色のオールバック頭になる。泥の黒色は水鏡くんの後頭部から壁にしみ込み、そこから世界が闇に塗りつぶされていった。
これはまさか――水鏡くんがなにかの力で、悪夢の世界に干渉している?
「なんだ……まだいたのか」
(!? なに、あれ……!?)
私は、自分の目を疑った。
真っ暗闇の中心で座り込み、なにかぶつぶつとつぶやく水鏡くんの頭上に、『女の子』が浮いている。きれいな紫色のロングヘアを、重力が無いかのように上になびかせ、水鏡くんの肩に両手でつかまっていた。褐色の肌を持つ顔は表情がうかがえないが、向きからして水鏡くんの顔をのぞきこんでいるようだ。
だがおかしい――少女が浮いているのは、本来壁があるはずの場所だ。
髪の毛で隠れたところに胴体が存在しているとしたら、あんな姿勢はとれないはず。
「……ん?」
不意に「カラン」という音がした。帽子の魔女が杖を取り落としたのだ。そこで私も気づく――手に、槍を掴む力が入らない。いつのまにか全身に鳥肌が立ち、小刻みな震えが襲っていた。
人間の姿と道具だけは鮮明に見えるが、壁も床も真っ暗闇だ。まったく地形が分からなくなっていた。
「そ……そんなハッタリが通用するとでも!」
「……んっ」
『ローラン』がなおも水鏡くんに殴りかかる。その一撃が――座り込んだ彼の手に、止められていた。
水鏡くんは敵を見てもいない。疲れ切った表情でうつむいているだけだ。
「……あぁ。新しいオモチャか」
(う……受けた!?)
(――いや、違う……これはッ!!)
水鏡くんの掌の中に『ローラン』の拳が吸い込まれている……否、手首から先が無くなっていた。
狼狽する間もなく水鏡くんが、気だるそうにもう片方の手を振り――消しゴムを横切らせたかのように、『ローラン』の兜がえぐり取られた。顔の中央に巨大な隙間が生じ、顎と額から上が泣き別れになる。
――なによ、あれ?
いやそれよりも、水鏡くんに人を殺させてしまった……!? 私を助けようとしたせいで……!?
「違う。実体じゃない。気にしないでいいから、じっとしててよ」
「……!?」
息を止めかけた私に、水鏡くんは『ローラン』を指さした。確かに血の一滴も出ていない。鎧の中は空洞だったようだ。
「大丈夫だよ、誰も死なないから……守ってあげるって言ったでしょう?」
「い……言ってたっけ?」
しかし水鏡くんの方も様子がおかしい。
タメ口になったり敬語になったり、口調が安定していない……いや、そもそも目線が微妙に私に合っていない。私のいる横を見ているようで、自分の肩のあたりを見ていた。――誰に話しかけている?
「――コイツが人間じゃないことは最初から分かってました。『三人目の魔法使い』なんて連れて来るわけがないですからね。
『バディ』によるツーマンセルが魔法使いの戦闘の基本……腕利きであればあるほど、その原則に忠実なはずです」
「な、なぜそれを知ってる……?」
「……ん。あれ……? おかしいな、手が」
「えっ? だ、大丈夫?」
「――はい。思ってたのとちょっと違いますけど……多分、これはこれで」
水鏡くんの開いていた手の指が、なぜかブルブルと震えながらゆっくりたたまれていく。それを見て水鏡くんは困惑する。どうやら自分自身の手が言う事を聞かなくなっているらしかった。
完全に閉じてしまった拳同士をこすり合わせて、グイグイと上に引っ張る。何をしているのか全くわからないが、今度はちゃんと私の方を向いて返答した。
――さっきから様子が明らかに変だ。
まるで、なんらかの存在から干渉を受けているような……?
「く、クソッ!! ナメるなッ!!」
「――在れ。『生本能の拳』」
跳びかかって来た敵を見て、水鏡くんの傷の消えた左目が、『虹色』の光に輝いた。
その瞬間、私の視界が急に高くなる。
「うひゃぁっ!?」
「失礼します。強かったら言ってくださいね?」
「え、えぇ…‥それは大丈夫だけど」
水鏡くんが私を抱いて跳んでいた。さっきの逆だ。
その姿もいつのまにか変わっていた。彼の背中から、背景に同化する闇色のフード付きマントが生え、両手が黒い指ぬきグローブで覆われている。指の第二関節の下についた金色の輪のような物が、打撃部を保護するナックルダスターの役割を果たすようだった。
だが顔だけはいつもと同じ、紳士的で穏やかな表情をしている。それがとても頼もしく見えた。
「『源形』だと……!?」
「――ちいっ! いったん退きましょう!」
「あ……! ま、待ちなさいッ!」
『左目の発光』に『魔装のマント』。それは紛れもなく源形が発現した証だ。私の『聖槍』と同じ固有能力であり、魔法使いの中でも傑出した才能を持つ者にしか使えない。
危機を察知した『狩人狩り』たちは撤退する。石壁を出す音がしたので、それに乗って逃げたのだろう。お札を投げて追撃するが、暗闇が炎でも一切照らされない。
「わけがわからんがこの暗闇は、貴様らの方を不利にしたぞ! 私には地形を操る能力がある!」
――私にとって、つくづく相性が悪い相手だ。
地形を読む『解析』は私にとっての苦手分野。石壁は地形から出す分、壁や床と同じく闇に染まっていて周囲と完全に同化する。不可視の攻撃であり、その後ろに身を隠せば、完璧な隠れ身にもなってしまうのだ。
「喰らえ!」
「くっ……!」
地面から石が突き上げて来たのを察知し、二人ともかわした。
槍は一旦しまうこともできるが、再展開の手間を考えて背中にしょった。大矛じみた形状の刃のせいで全体の重量だと10kg以上あるが、魔装をまとった魔法使いにとっては大した負担ではない。
「まずいわね。一人だけでもいっぱいいっぱいなのに、まだ片方の男がいる……!」
「……ヘタに動いたり、指向性のある魔法を撃つと、向こうは位置をばらすことになります。だから、その心配はいりません――むしろ俺は、このまま隠れんぼを続けられる方が怖いです」
「……なるほど。そしたら私たちは、ノーヒントで撃たれ放題ってわけね……!」
向こうからの攻撃はギリギリでかわせるが、こちらは攻めようがない状況だ。しかも敵には私の位置が筒抜け。下手に攻めても避けられてしまうだろう。
相手の魔力がどれだけ続くか分からないが、石壁を撃たれ続ける限りこちらは防戦一方。こちらを疲労させてから、二人で畳み込むつもりだろう。
「……はぁ……はぁ……敵の位置は、なんとか捉えられます」
「――見えるの?」
「ええ……でもちょこまか動き回ってて、追うだけで精一杯です。……あと……なんだか頭痛がひどくて、集中が……」
水鏡くんは熱を出したように荒い息を吐き、苦しんでいる。――それ自体は、無理もないことだ。頭をあれだけ殴られて平気な方がおかしいし、急に力を発現させた負担だってあるはず。
だが、さっきまでの超然とした雰囲気はなんだったのだろう? なぜ、今正気に戻っている? そして――今が正気なのだとしたら、この冷静さは一体……?
「……先輩。協力してもらえませんか……」
「ど、どうするの!? できることならなんだってするわよ!」
「――ありがとうございます。まずは……」
――むんにゅうっ♡♡♡
真剣な顔で遠くを見つめながら、突然水鏡くんが私の胸をわしづかみにした。
「ッッッ~~~~~~~~~~~~~!!!!!?????」
「――え!? はっ!? な、なにしてんですか……!?」
「そっ、それはこっちのセリフよね! 何!? 『なんでもするって言ったよな』ってこと!?」
「いやいやいや! 俺、手動かしてませんよ!?」
「……あ。ホントだ……」
私以上に大慌てする水鏡くんの言葉通りだった。
彼の手を動かしていたのは――私だ。自分自身の手がいつのまにか彼の手をつかんで、無理やりおっぱいに押し付けさせていたのだ。
「――って、ちょっ……あわわわわわ!?」
「にゃあああああああ!?」
「こ、こらぁぁぁ……!」
――むぷぷぷぷぅぅぅ~~~~~~~っ♡♡♡
水鏡くんの手が、おっぱいの頂点からどんどん沈み、お肉の中に埋もれていく。彼の叫び声は、困惑と喜びが2:8だ。
『リビドーナックル』とやらは外側の手の甲しかガードしておらず、内側は肌がむきだしになっていた。――つまり遮るものは何もない。直接おっぱいを揉まれてしまっていた。
「うぅぅぅ……!なんなのよ、もぉぉぉ!?」
「だったら離してくださいよ!? いやまあ、俺は全然いいんですけどね!!!!」
「よくない~!!」
なおも自分の手が勝手に動き、水鏡くんの手を胸にグリグリなすりつける。虹色に光る瞳が大歓喜していた。
ああもう……水鏡くんは悪くないんだろうけど、めちゃくちゃ恥ずかしい! 彼を抱いているからじたばたすることもできないし――ッ!?
「んんんんん~~~~~~~ッ♡♡♡!?」
「……へっ!?」
一瞬、胸から体中に凄まじい快感が走った。同時に水鏡くんの左手の甲と、私の胸の中央に、光る模様が浮かび上がる。
これは――紋章? 同じ形の紋章が、互いの身体に現れた……!?
「ど、どういうこと……!?」
「……俺にもよくわかりませんが……――なんか、いけそうな感じです!」
「え……?」
「――さっきから何をしているッ! 貴様らはッ!!」
「それは本当にそう!!」
隠れながら魔法を撃ってきていた敵が、いよいよ焦れて『決め』に来たらしい。石壁が列をなして突っ込んでくるのが分かった。
――もはや逃げても意味がないので、着地して槍を構える。こちらから攻めるにしても、まずはこれをなんとかしないと……!!
「ストップ!」
「!?」
「先輩はまだ動かないで! あれは俺が防ぎます!!」
「は、はいっ! ――ええっ!?」
さっきまでのグッタリぶりが嘘のような水鏡くんの気迫に圧され、ついうなずいてしまった。
引き留めようとした時には、彼は既に走り出している。そして、黒く硬質化した拳を握りしめると――
「背中に月。瞳に虹。両手に、陽光を――『聖痕』解放」
手の甲に浮かんだ紋章が赤く輝き、拳に火を宿らせた。
――あれはまさか、私の炎魔力……!? つまり、この紋章の意味は……!
「『生本能の拳』、サンライト・フィンガー!!」
「――な……!」
(砕いた!?)
「敵は二時の方向!! 今です!!」
水鏡くんの拳が、三重になった石壁を残らず突き破り、クリアした。
困惑するのは後でいい……今こそまさしく絶好機。水鏡くんが最高のお膳立てをしてくれた……!!
「祓え!! 『裂空紅炎波』!!」
「があああああああッ!!??」
槍を大地に突き刺して力を溜め、全身で振り上げて炎の奔流を放つ――私にとっての、最大技。
水鏡くんの指す場所を、大蛇のように地を這う火焔流が直撃し、隠れ蓑の石壁ごと『狩人狩り』たちを飲み込んだ。日の出とともに夢が崩壊しかけ、上空から光が差し込んでくる。
「……死んだんですか?」
「ううん。現実世界に還ったみたい……もう夜明けだから、私たちもすぐに夢から出るわ」
「俺の記憶、やっぱり消されちゃうんですか?」
「んなわけないじゃない。水鏡くんはもう魔法使いの一員よ」
――魔法使いには『バディ』という概念がある。
それは、生まれながらに魂の波長が似た者を指す言葉であり、相性のいい二人の魔法使いを結びつける引力のことだ。バディを見出した魔法使いは、二人で一つの単位と化してあらゆる戦いに臨む。
私にはこれまでバディがいなかった。だからこそ危険を承知で、単独で戦っていたのだが――
「――だけど、いきなり胸触ったのはまだ納得してないからね! あれでなぜ私の炎が使えたのか、ちゃんとした説明を求めるわよ!」
「……努力します」
今夜この町に、三人目の魔法使いが誕生した。
『生本能の拳』の水鏡律季――彼がこの私、天道炎夏のバディ。
・炎夏のネーミングセンスについて
炎夏は常識人ぶっているが根っこが中二病である。出て来る技名はすべて彼女自身が考えてつけたもの。
以下がその例。
・『聖炎符』
これだけひねった名前でないのは、巫女というアイデンティティを守るため。
お札の名称まで横文字にしてしまうとただでさえ乏しい巫女要素が皆無になってしまうので、あえてストレートに名付けた。
・『烈日の聖槍』
中学二年生当時に命名したので特にゴチャゴチャしている。
ドイツ語の辞書と一時間ぐらいにらめっこして考えたルビ部分は、直訳で『太陽の槍・天の道』と、そのまんま苗字が入っている。
・『裂空紅炎波』
幽白にハマった時に考えた。最初は『炎殺紅龍波』だったが飛影はテンプレすぎるということでずらした。しかしモーション的には幽白よりシグルイの無明逆流れに近い。
炎夏の親友・秋月螢視はこのネーミングがお気に入りらしい。彼は彼でまともではない。
基本的にこの世界の魔法使いは、あまり羞恥心がない。誰でも技名をがんばって考えるし、実戦で使う時は大声で叫ぶ。だがその基準でも彼女のセンスは相当イタい部類に入るらしい。
しかし、中二病を貫ける奴ほど強いのが魔法使いの世界なのだ。