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4. 悪夢の狩人、天道炎夏


 前回の引きで驚いた方もいるかもしれません。

 実はわりとバトル・厨二成分多めな話です。



(――あー……ちくしょう、心が痛いぜ……)


 レイン先生との話を聞かれた後、俺は天道先輩を追ったが――途中で見失ってしまったので、話すことはできなかった。

 あまり距離は離れていなかったはずだが、曲がり角を曲がった瞬間に、先輩が忽然と消えてしまったのだ。帰ってからメッセージも送ったが既読すらつかない。もう十時半を回っているのでまた送るのも非常識だろう。

 つまり明日まで打つ手がない。つらさのあまり食欲が出ず、風呂に入った後でそのまま布団にもぐってしまった。疲れているはずなのに目が強烈に冴えている。


(明日からどうしよう? 顔は絶対合わせるしな……とりあえず、迷惑にならない範囲で平謝りするしかないな。今は誤解うんぬん言える立場でもない……)


 何度も何度も寝返りをうって、同じ考えがぐるぐるとめぐる。

 時計の秒針の小さな音が妙に響いて――ふと、それがやんだ。




「……? あれ……どこだここ(・・・・・)?」




 気が付くと俺は無人のプールにいた。さっきまで寝ていたはずなのに、いつのまにか直立している。しかも服装は、はだしにパジャマのままだ。

 ――夢か? それにしては意識がはっきりしすぎている。足の裏で感じるタイルの感触も、プールの塩素の臭いも、水で反射する光の質感も極めてリアルだ。

 なにより、起きていた時から全く時間が途切れていない。布団の中で目を閉じて、寝れないなーと思い、ふと目を開けたらここにいたという感じなのだ。……何が、起こっている……?







 ――じゅるじゅるじゅるじゅるうぞうぞうぞうぞ





 を を を を を を を を を を を を 





「……ひぃっ!?」

 



 突然、そんな音が反響した。音量が大きすぎて方角がわからない。このプール――この謎の空間の、全体に響き渡ったような感じだった。

 濡れたものをひきずるような音。人間と獣の中間のような、おぞましいうなり声。それが真っ暗な廊下の奥から聞こえてきたのだ。

 

 ここはどこだ……? ここに、なにがいる……?

 真っ青になった俺は、ふらっと後ろによろめいて――その時背中に、『ぐちゃり』となにかが触れた。湿り気のある、ぶよぶよとした感触だ。




「わああああああ――――!!!!」




 気づけば必死で走っていた。

 振り返らない。触れたのが何かなんて、知りたくもなかった。近づいたらいけないものに近づいていた――それは間違いないから、いま逃げている。

 後ろからはやはり『引きずる音』が追ってきていた。湿ったタイル張りの暗い廊下が、行けども行けども続いている。行き止まりこそまだないが、撒けるような地形がどこにもない。




(どうする、どうするどうするどうする――!!)




「……! そこの人、止まって!!」




「え……!? ――ぎゃぁっ!?」




 水が張ったプールのある大きな部屋に出た時、横から女の人の声がかかる。前しか見ていなかった俺は驚き、その拍子に思いっきりコケてしまった。もともと滑る床をはだしで走っていたのだ。




「げ……」(うそ!? 水鏡くんじゃん!?)




「!?」(て……天道先輩!?)




 横倒しになった視界の中で、炎をまとったシルエットが立っていた。

 その右手には、紙垂がついた大槍。左手には燃え盛るお札。




(まいったなー。間に合ったのは良いけど、正直きまずい……)




(天道先輩、こんなところでなにしてんだ!? やっぱり夢か……?)




 いろいろな疑問が頭の中を駆け巡るが――今は、そんなことはいい。

 俺は化け物を連れてのこのこと来てしまったんだ。これが夢であれ現実であれ、天道先輩に言う言葉は一つしかない。




「――逃げて(・・・)ください(・・・・)ッ!!」




(え……)




「化け物に襲われてます! 危ないですから逃げて!!」




「――――――…………くすっ」(あれだけ慌ててたくせに、真っ先に私の心配……?)




 お面で顔を覆った先輩が、一瞬だけ唖然として俺の顔を見る。唇が可愛く微笑んだように見えた。くるりと振り返って、迫りくる怪物の前に立ちはだかる。

 俺を追いかけてきていたのは、太い毛に覆われたモップの化け物のような奴だった。見上げるようにでかい。


 まずい、殺される――! 悲鳴を上げかけた、その時。




「『聖炎符』ッ!」



 

 先輩が左手のお札を投げ放った。四つの小さな炎が怪物に突き刺さった瞬間、その巨体が丸ごと炎上する。

 あんぐりするしかない俺を尻目に、先輩はぴょんと軽く飛んで――槍を片手で一振りし、魔物を粉々に砕いてしまった。

 

(……つっ、強ぇぇ……!!)


(ふーっ、とりあえずオッケーね。あとは正体がバレないようにっと……)


 未だくすぶる魔物の灰に背を向けた先輩が、俺の手を取って優しく起こした。

 ――近寄るだけで熱気が漂ってくるが、引っ張ってくれる手の感触はいつもと変わらない。柔らかくて暖かい女の子の手だ。


「ギリギリになって申し訳ありません。大丈夫でしたか?」


「は、はい。助かりました。ありがとうございます天道先輩……」


「――な゛っ……!?」


 天道先輩が奇声を上げた。……なぜ?

 俺は今、好きな人の前で寝間着姿をさらしている状況だが、他に気になることがありすぎてまったく恥ずかしくない。


「……ゴホン。――だ、誰のことでしょう? それよりお怪我はありませんか?(裏声)」


「今更遅いでしょそれ!? ……ほら、やっぱり天道先輩だ」


「な、何言ってんですか水鏡くん。顔はちゃんと隠してるでしょ?」


「いや、その……顔以外なにもかも隠れてないんで! 水鏡くんって言っちゃってるし」


 天道先輩の今の格好は、その、なんというか――どえらいことになっている。

 ベースは巫女衣装だが、とんでもなく露出度が高い服を着ていた。暖簾のようなきわどい布をおっぱいにかけているだけで、乳首以外ほぼ丸見えな感じであり、腋もへそも全部出ている。赤い袴にはえっぐいスリットが入ってまぶしい太ももが見えており、足は一枚歯の高下駄を履いていた。――コスプレでもそうそうないぐらいに、ドスケベ改造された巫女衣装だ。というか、白と赤の色合いと大きな袖がなかったら巫女だと分からない。


 頭隠しておっぱい隠さず。こんなおっぱいの女の人が他に何人もいるはずがないのだ。

 ――いや、そもそも顔も言うほど隠れていなかった。確かにキツネの面をかぶってはいるが、お口が出ているし、そもそも天道神社で売ってる品じゃないか。本当に正体隠す気があるのかと疑いたくなる。


「そ、そんな……どうしてこの完璧な変装を!? 今まで誰にもバレたことないのにッ――ま、まさか、君も魔法使いっ!?」


「気遣って誰も言えなかったんじゃないですか!? 

 ……てか今、『君も魔法使い』……って言いました? ――ってことは、先輩がさっき火を出してたアレは……『魔法』ってことなんですか?」


「……くっ……! そ、そこまでバレてしまっては仕方がないわ……ッ!」


「語るに落ちただけですよね」


 ものすごく悔しそうにお面を取った彼女は、やはり天道先輩だった。

 しかし普段と異なる点が一つ――左目が、紅い炎に光っている。瞳の内に、小さな火が宿っているのだ。




「――ある時は天道神社の美少女巫女。またある時は真序高校男子バスケ部の名物マネ。

 しかしてその正体は、『フリーメイガス』所属の魔女! 『烈日の聖槍ゾーネンランゼ・ヒンメルヴェーク』の使い手、天道炎夏ちゃんよ!」




 変身バンクのごとく決まった自己紹介。正体を隠そうとしていたわりに、ポーズまでとってノリノリである。

 しかし俺の頭にはその内容が入ってこない――なぜなら。




(……お、おっぱいでっけ~~~~……!!)




「――ちょっと! どこ見てるのっ!?」




 裸同然のエロ衣装でポーズなんかとったせいで、大変おっぱいが強調されている。

 俺は、薄い乳暖簾がかかった爆乳にくぎづけになった。その視線に気づいた先輩は慌てて両手で身をかばう。腕の間から乳肉がちらついて余計にエロくなっていた。













 天道先輩は俺を連れてプールの中を歩きながら、現在の状況について説明してくれた。それをまとめると、以下のようになる。


・先輩は、炎の魔法を操る魔女である。彼女が持っている大槍『烈日の聖槍ゾーネンランゼ・ヒンメルヴェーク』は、魔力が具現化した固有の能力であり、巫女衣装も通常の服ではなく、魔力が塊になった『魔装(ペルソナ)』と呼ばれる鎧である。


・この空間は『魔女の悪夢』または単に『夢』と呼ばれる異界であり、内部には様々な魔物がうろついている。通常は魔法使いしかここには入れないが、満月の夜にだけ『夢』の中に人が迷い込むことがある。今の俺は肉体がない精神体の状態であり、魔物に喰われると魂だけが消滅して死ぬ。


・先輩は中学生の頃から、俺のように『夢』に迷い込んだ人々を救助する活動をしていた。『夢』の中で人を助け魔物を退治する者たちの事を『狩人』と呼ぶ。狩人たちは世界各地におり、『フリーメイガス』という魔法使い組織が統括している。





「――私はこの真序市を守る『狩人』で、今まで一人の犠牲者も出したことがないの。幸い、今夜迷い込んだのは君だけみたい。ちゃんと保護して現実世界に帰してあげるから、もう安心よ」


「……毎月何人かは『夢』に迷い込んで、それ全部を先輩一人で助けてるってことですか? てことは、先輩に助けられた人が町中にいることに……よく口止めできてますね?」


「さすが呑み込みが早いっ! ……でも口止めじゃないわ。『フリーメイガス』には記憶処理部門っていうのがあって、『夢』のことが明るみにならないように、迷い込んだ人の記憶を消す手筈になってるの。私がさっき報告したから、水鏡くんのとこにも翌朝には来るわよ」


「あのピカッとやるやつみたいに?」


「そうそう、あのピカッとやるやつみたいに。だから、別名『メンインブラック』とも呼ばれてるわ」


「そのまんまじゃないですか」


 ひとまず安心ではあるが――ここで起こった事全てを忘れてしまうというのは、かなり残念なポイントだ。

 なにより先輩のこの格好を忘れちゃうのが悔しすぎる。現役巫女さんのドスケベコスプレなんてそうそうお目にかかれるもんじゃない。瞼に焼き付けておきたいぐらいだ。


(他の奴に先輩のあられもない姿を見られるのはイヤだから、その点は記憶処理班GJだけどさ……! 

 ――も、もったいなさすぎる~~~~~~~…………!!!!!!)


「……ねぇ、水鏡くん。私の格好を忘れちゃうのがもったいないって思ったでしょ?」


「ッ!? な、なぜそれを!? まさか先輩は魔法使いッ――」


「そりゃあもうえーわい」


 槍が常に高熱を発しているせいで、先輩のお肌が汗ばんでいた。

 一枚歯の下駄でタイルの上を歩く彼女に三歩遅れてついていっているが、この距離でも塩素の匂いに交じって、強烈にエロい香りが漂ってくる。赤い袴がせり出したお尻に持ちあげられ、ヒップの曲線がはっきりと見えていた。そして背中側からでも余裕で見える横乳。ブラジャーがないせいで、歩くたびにぶるんぶるん揺れまくっている。

 ――あー……目が幸せ。明日には忘れてしまうのが本気で悔やまれる。


「……すけべ。めっちゃお尻見てんじゃん」


「……その格好で見るなってのは、いくら先輩でも酷ですよ」

 

「う、うっさい! ちょっとは周りも見なさいって言ってんの!」


「え――うわっ!?」


 彼女の言う通り、いつのまにか魔物に囲まれていた。

 ウォータースライダーや滝のある広間だ。天井に張り付いているのや、プールから顔を出している個体が多数。吹き抜けになった二階の渡り廊下にもこちらを見下ろしているのがいる。密集しすぎて正確な数はわからないが、少なくとも五十体はいた。


「じっとしててね。水鏡くん――『聖炎符・赫翼の陣』」


 先輩は胸の谷間から追加のお札を引き出し、それを宙に放り投げて、自分の頭上で半円状に浮かせた。

 瞬間、すべての魔物が動き出し、水っぽいねばついた音を立てながら四方八方から襲い掛かって来る。


「灼き祓え、聖槍(ゾーネンランゼ)よ」


 槍の一振りとともに、巨大な炎の輪が巻き起こる。前方にいた魔物がすべて消し飛んだ。

 振り返った先輩が、「しィッ!」と豪快に槍を投擲し、叩きつけると同時に爆発させる。最後に先輩に付随していたお札が上へ飛び、落下途中の魔物を貫いた。

 ――まばたきの間に辺りは片付いていた。圧倒的だ。


「んー……しかし、あっついわね。そのへんのプールに入りたいぐらいだわ」


 これだけの立ち回りをしておきながら、先輩は息が上がった様子がまったくない。素肌で炎を操って『暑い』で済んでいるあたり、既に普通の体ではなくなっているのだろう。

 天道先輩が『退魔の巫女』なのは、信仰という物語の上だけではなかった。この人はまさしく、この町にとっての守護天使だったのだ。


「水鏡くん、大丈夫だった? 夜明けまでもう少し辛抱してね」


「は……はい」


 ――いかん、凛々しすぎる……。ますます惚れ直してしまうぞ。

 だが同時に、俺がこの人の彼氏になる事――すなわちレイン先生との『契約』を果たす事は、いよいよ難しいと分かってしまった。なぜなら――今の先輩は、『庇護対象』を見る目を俺に向けている。

 つまりそれが彼女の男性観だ。男を含めたこの町の人々は、天道先輩にとって『守るべき存在』でしかない。先輩が今までかたくなに彼氏を作らなかったのも、自分は『巫女』であり『狩人』であるという自負が大きかったのだろう。


 女性が恋人を選ぶ基準とはなんだろう? 顔? 性格? スペック? それとも力が強い事か? 

 だったら先輩はもしかすると誰にも惹かれないかもしれない。外見や性格はいわずもがな、頭もよくて運動もできて、お金も持っているし稼いでいる――それに加えて、魔法が使えるときたものだ。

 人間として強度が高すぎる。同じ魔法使いか――少なくとも魔法の存在を知る人でないと、天道先輩と同列に並ぶことはできない。先輩の魔法使いとしての顔を知らない者は、それだけで彼女にとっての理解者にはなりえない。

 その意味では、俺が今日夢の中に入って先輩に出会い、彼女が魔法使いだという秘密を知ったのは棚ぼたと言えるが――その記憶も、明日になれば消されてしまう。



 そうだ、俺が夢の中に迷い込んだのは完全な偶然。

 この機を逃したら二度と天道先輩には接近できないだろう。行動するのは今しかない。




(――け、けど、何をすりゃいいんだ……?)




 俺が先輩に一方的に守ってもらっている事は事実だ。先輩後輩どころではない立場の差がある。

 第一、「おっぱい揉みたい事件」のやらかしがあるから下手なことは言えない。これ以上嫌われたらいよいよどうしようもなくなる。しかし、慎重に手を考えていてもどんどん時間はなくなってしまう。


(くそ、夜明けがタイムリミットなんて……やはり俺には無理ですよ、レイン先生……こんな人どうやって落とすんですか!)


「……? どうしたのよ水鏡くん。むつかしい顔して」


「あ、いえ……!」


 いつのまにか先輩を落とすことで頭をひねっていた。自分の命なんか二の次になっている。さっき死にかけたことももう気になっていなかった。

 ――やばい、なんとかごまかさないと。助けてもらったのにこんなこと考えてたら失礼だ。

 

「……胸の谷間から武器出すやつって、実際できるもんなんだなー、と……確かにいくらでも入りそうですけど、そこになら」


「ほっとけ!?」


「一応聞きますけど……巫女なんですよね、その格好? どっちかっつーと悩殺くのいちに見えますよ」


「余計なお世話よ! 『魔装(ペルソナ)』は魔力の形だから、自分で姿は選べないの。……こんな恥ずかしい格好、変えられるならとっくに変えてるわ」


 ――ということは、先輩の力が自然とこの衣装の形を選択しているということか? 清楚な巫女さんとはまるで正反対な、この煩悩煽りまくりのドスケベコスプレを。この人恋愛関係にはお堅いけど、意外に根っこはむっつりスケベだったりするのだろうか……? いやそんなはずは。

 

「燃やすわよ」


「すみません」


 先輩が、炎を手に載せて睨みつけてくる。

 ――うーむ、また心を読まれた。どうも俺はエロいことを考えるとよほど顔に出るらしい。


「むう……まさかと思ったけど、もしかしてあれも本当なの……?」


「? 何がです?」


「水鏡くんは本当に、私とエッチなことがしたいだけなの? バスケ部に入ったのもそれが目当て……?」


「……あー……」


 ……やはりそう思われていたか。しかも今先輩をエロい目で見ていたことは事実なので、もうまんざら誤解でもなくなってしまった。

 仕方ない――説明したところで理解してもらえるか分からないが、もう理解など期待しないことにする。腹をくくって正直に話すしかないだろう。


「先輩とエロい事がしたいのは確かですよ。それはもう否定できないです。ただ、それだけってわけじゃありません」


「……ふーん? そうなんだ……?」(さっき心配してくれたし、疑いたくないけど……どうしても疑ってしまうわ)


「あと絶対勘違いしてると思うんですけど、レイン先生との話で出た俺がエロい事をしたい相手っていうのは、先輩じゃなくてレイン先生です」


「……ん!? え……!? どういうこと!?」


 心に殻を作っていた天道先輩が、いきなり前のめりになる。やはり意味が分からなかったらしい。

 自分でもなぜこんな状況になったのかよく分かっていないのだが、とにかく最初から順を追って説明した。


「――『炎夏と付き合えたらエッチな事をさせてやる』……か。あー、なるほどね。よくわかったわ」


「わかったんですか!?」

 

「レイン先生が変な事を言うのはいつものことだもん。……多分、レイン先生の悪い冗談に乗っかってあげたって事でしょ? で、私がそれをよくない方に解釈しちゃったわけだ」


「……まぁ……四捨五入すれば、そういうことになりますね」


「そっか。なら、別にいいわ。明日の水鏡くんにもそう伝えておく」


「お願いします。多分ビクビクしながら謝りに行くはずなんで」


 ――拍子抜けなぐらいあっさり許してもらえた。……と、とりあえず助かったらしい……。

 しかし先輩の口ぶりからすると、おそらくレイン先生は――


「どうせ忘れちゃうから言うけど、実はレイン先生、私が魔法使いだって知ってるの。それで時々相談に乗ってもらったりしてるんだけど……たまによく分からないことを言うのよね」


(やっぱり。そうなると、いよいよ何がしたいのかわからん……なんであの人は、知り合いの生徒同士をくっつけようとしてるんだ? しかも片方は魔法使い……)


「でも、君もたいがい変な子よねー。なんでそんなのにわざわざ付き合ってるのよ? どうせからかってるだけなんだから無視すればいいじゃない?」


「……正直、俺もそう思ってますけど……初対面の時に『前金』もらったのは、事実なんで」


「……あの、いきなり逆セクハラかまされたって話?」


「あの人だって女性です。どんな事情でもおっぱい触らせてもらった分、俺には責任があります。だから無視はしません」


「――くす……なにそれ、本気で言ってるの?」


 先輩はおかしがっているが、もちろん俺は大まじめだ。

 レイン先生は確かに変な人だが、それでも羞恥心ぐらいあるだろう。初対面の男に無理やりおっぱいを押し付けてまで依頼するほどの頼みなら、「なにか事情があるに違いない」。先生に余裕がなかったからこそ、あんな強引な頼み方になったのではないか。

 だったら俺はそれを無下にするわけにいかないのだ。俺と先輩がくっつくことで何が起こるか知らないが、それが先生の願いなら、俺は叶えてあげたい。――もちろん、天道先輩に迷惑がかからない範囲ではあるけれど。


「からかわれているならそれでもいいんですよ。俺ひとりがバカを見ればいい事ですからね。……ただ今回は、その悪ふざけで天道先輩を傷つけるところだったんで……俺も死ぬほど焦りました」


「んー……そうかぁ。面白いけど、それはそれでちょっとショックだなぁ……」


「?」


「それってつまり、水鏡くんはレイン先生への義理だけで私と付き合ってたってことでしょ? ……私の方は、普通に仲良くやれてると勘違いしてたからさ……」


「な――何言ってんですか」


「いいのよ。わかってるから。……ね、いっそ二人でレイン先生に付き合ったって言ってみる? そしたら……」


「そんなことしませんよ! ――先輩のこと好きなのは本気です!!」


 ――自分で自分を貶める彼女に耐えられず、つい言ってしまった。

 ……天道先輩が一番嫌う、禁句だったはずの『告白』。気づいた時にはもう遅かったが――先輩は、心揺さぶられた驚愕の表情で振り向いた。


「っ……う、嘘つかないでよ。レイン先生のおっぱいが目当てでそういう事言ってるんでしょ? だまされないからね……!」


 そう言いながら、胸の谷間から『聖炎符』を取り出す先輩。荒々しく抜き取ったせいで『ぶるんっ!』とおっぱいが揺れた。

 一瞬それでひっぱたかれるのかと思ったが違う。再び魔物が迫って来ていたのだ。だが――今は、そんなことを気にしている場合ではない。


「なに拗ねてんですか! 違いますよ! 天道先輩のおっぱいだってすごく魅力的です!」


「そんな事は聞いてないわよっ!?」


「この際言っちゃいますけど、俺だって他の男子と同じですからね! 天道先輩とお付き合いしたくて仕方ありませんし、エロい事だってしたいです! こちとら、春のお祭りで先輩を見た時から惚れてたんですからね! レイン先生は俺の背中を押してくれてるだけです!」


「マジメな顔で恥ずかしい事を言うなぁー!?」


「――いいじゃないですか、いっそ俺を彼氏にしちゃえば! ゲーム感覚で告ってくるヤツらよか、マシな自信はありますよ! いっぺん彼氏つくっちゃえば面倒もなくなるじゃないですか!」


「よ、余計なお世話よ! 燃やされたいのッ!?」


 縦横無尽に飛び交って魔物を焼き尽くす彼女を、追いかけるように叫ぶ。

 高校生とはこういう時期だ。世界がどうだの、戦争がどうだの、そんな地平線の彼方の話など知らない。魔物や悪夢や魔法より、自分の恋が大事――若さとはそういう事だ。


「私は天道神社の『お役目』なの! 軽々しく恋人を決められないわ!」


「神社のお仕事も覚えます! いや、むしろ今から教育してもらっても構いません! ――だから俺で妥協してください!!」


「ダメよ! そんな悠長なことしてたら、先にレイン先生にいっちゃうじゃないっ!?」


「え? じゃあ、レイン先生にとられるのが嫌ってことですか? ――嫉妬してくれてるんですか!?」


「し、してないッ!!」


「いいですよ、二、三年ぐらい平気で待ちます! 真剣に考えてくれるならそれだけで嬉しいです!」


「うるさい! 水鏡くんのバカ!! おっぱい目当てー!!」


 激昂するにつれて火力が上がっている気がする。とんでもない勢いで魔物が灰に変わっていった。

 先輩に寄って死んでいくその様は、あたかも玉砕していった男子たちを再現するかのよう。今ここで勝負を決めなければ、俺もあの中の一つ――散って消える打ち上げ花火になるだろう。


(――く……確かに魔法もすごいが、強情さはもっとすごい! 強引に攻めるだけではダメだ……!)


「つーん!!」


(あー、ホント可愛いなこの人! やっぱり彼女になってほしい……!!)


 その糸口は、既につかんでいる(・・・・・・)。だがあまりにも時間が足りない。

 記憶さえ消されずにすんだら――とは思うが、それはないものねだりだ。


「バカなこと言ってないでさっさと行くわよ。夜明けまであと三十分だわ」


「……っ。じゃあ、最後に一つだけ聞いていいですか?」


「……なによ?」


「俺はどうしたら、魔法使いになれますか?」


「!?」


 そう、結局それしか無いのだ。

 ――魔法使いに限らず、誰かと仲を深める基本とは共通項を作ること。魔法使いとお近づきになる方法とは、自分が魔法使いになることだ。単純だが、それが成せなきゃ何も始まらない。


「な……何言ってるのよ。そんなのなろうと思ってなれるもんじゃ……」


「あぁ――そうさ。お前には無理だよ凡人」


「――!!」


 『魔女の悪夢』は空間が歪んでいるのか、こちら側がどれだけ明るくても通路を挟むとその先は真っ暗で何も見えない。真っ暗な先に進んでみると、ライトできれいに照らされていたりする。ゲームのダンジョンによく似た感覚だ。

 その、真っ暗な階段の上から――誰かが降りて来る。天道先輩の表情がこれまでにないほどこわばり、俺を背中側にかばった。


「じっとしてて」


「……誰ですかあれは? 魔物じゃないですよね」


「ええ、まちがいなく人間の魔法使い! ……おそらくは、教国(きょうこく)の『狩人狩り』……!!」


 現れたのは、三人。

 魔女らしい大きな帽子と長いスタッフを持つ女と、ワンドを手にした太り気味の男。そして、ごつい鎧を身に着けた重騎士がその二人の前に立っていた。


「そうだッ!! 機関の『掃除屋(スイーパー)』!!」


「がはぁっ!?」


「うわっ……!?」


 武器を持たない騎士が、手甲で殴りつけてきた。

 拳を喰らった天道先輩と一緒に俺は吹き飛びかけ――槍を地面に突き刺してブレーキをかけた先輩に、助けられる。


「くっ……! 聖槍(ゾーネンランゼ)!」


「無駄だ……!!」


 槍から放たれた炎が敵に当たる前に四散する。先輩の攻撃が防がれた。――いや、しかし何に?

 閃光が晴れた先では、四角い石の塊が地面から斜めに突き出し、互いの間を遮っていた。


(石壁……でも源形(アーキタイプ)ではないわね。おそらくは創造(クリエイト)……!)

 

「どうなってるんです!? なんで魔法使い同士が戦うんですか!?

 ――それに教国って、まさかあの『イルミナ教国』……?」


 イルミナ教国。それは、西ヨーロッパに属する独立国家だ。

 EUにも国連にも非加盟で、常備軍を持たない国。信者数世界五位の宗教『マナ教』の総本山であり、バチカンに並ぶ宗教国家――大多数の日本人にとっては、テスト対策でそう習う程度の存在だろう。俺も詳しいことはほとんど知らない。


「教国は世界一魔法使いが多い国よ! 私も理由はよく知らないけど、フリーメイガスと敵対してる!

 狩人の命を狙う『狩人狩り』の魔法使い――噂には聞いていたけど、私のところにも表れるなんて……!」


(――しかも、それがよりによって今! 水鏡くんを巻き込んでしまうだなんて――!!)


 柱の間をジグザグに縫いながら騎士が迫って来る。

 金属鎧を着てるくせに早すぎる――夢の中だから物理法則が違うのか? もしくは、あれも魔法……?


 天道先輩はお札を投げつけるが、軌道がまっすぐなのですぐかわされた。先輩は俺を脇に抱えて高く跳び、槍を振って炎を撒きながら逃げる。

 単純に三対一な時点で不利だが――大ぶりな攻撃ではとらえられない速さに、火を通さない石壁。相性も悪い。


「……厳しそうですか?」


「……ッ、いいえ! 楽勝だわ!」


「いざとなったら見捨ててくださいね。先輩の命が第一です」


「はっ? ……ば、バカ、見捨てられるわけないでしょ!?」


「――ハハハ、殊勝な心掛けだな。足手まといが悔しいかね?」


「ずいぶん日本語がご達者ですね。そうやって煽るために、わざわざ勉強なさったんですか?」


「夢とは人類の集合無意識そのもの。言語の壁はない。純粋に、意味だけが通う」


「不毛な事! そんな所で殺しあうなんて!」


「貴様らが死ねば丸く収まるッ!!」


 帽子の女性が、いかにも魔女然とした高笑いをしながら杖を振る。

 先輩は明らかに強がっていた。それも、自分の命が危ないことより、俺を巻き込んでしまった自責の念を押し込めているような感じだ。


「『アナザーブリック』!」


「――くっ……!? あぁっ!?」


「……!!」


 地面から跳ね上がった石壁に乗って、騎士がジャンプする。空を飛び回って逃げていた天道先輩に拳を見まい、俺たち二人とも床にたたきつけられた。

 ――個々の能力が強いだけじゃなく、連携までしてくる。これが魔法使いの戦闘なのか――!


「ぐうっ……!」(魔物ばっかり相手にしてる狩人がやられるわけだわ! こいつら、対人戦の訓練をしてる……!)


「パワーはあるがそれだけだな。単純だし、攻め一辺倒すぎる。もっともお前一人では、どっちみち『バディ』には勝てんがね……」


「……『一人では』? じゃあ、二人いれば勝てるのか?」


「――水鏡くん……?」


 落下の衝撃で先輩から離れた。軽くぶつけただけなのに肩から血が出ている。

 俺はパジャマの上を脱ぎ捨てながら、先輩にとどめをさそうとする騎士へ歩み寄り――その首めがけて殴り掛かった。


「な――!?」


「『ローラン』!」


 太った男が初めて口を開いた。騎士が動く。手甲の横殴りの一撃が俺の胸を捉え、軽々と吹き飛ばされた。

 ――バキリという、イヤな音。これがきっと、肋骨を折られた感触だろう。


「ぐ……う……!!」


「ハハハ、血迷ったか!? 魔法使い相手にどうしようというのかね?」


「……今です、先輩ッ!!」


 その時、既に天道先輩が槍を振り上げていた。体重を載せた全力の一撃が見舞われる。


「――はァァッ!!」


「くぉ……ッ!!」


 ――紙一重。

 『狩人狩り』たちの眼前に石が出現し、攻撃を防いでいた。壁は焦げ、ヒビが入っている。


(油断を突かれた! まさか……最初から注意を引くために?)


(素人がそんな判断を……女の方もとっさに合わせてきた?)「――だが、ここまでだッ!」


 ――帽子の魔女がひび割れた石壁を蹴り砕く。破片が猛スピードで散り、ショットガンのように飛んできた。

 狙いは俺だ。ギリギリで顔だけは守ったが、全身が破片で斬り裂かれて出血する。


(っ……こっちにキレたか。狙い通りだがマジでまずいな……!)


「やめなさい! 私を狙えばいいでしょ!?」


「それがイヤなんですよ! ……俺だって男の子なんですからね。女の子にかばわれるより自分が痛い方がマシです」


「ハハハッ! 大した根性じゃないか! それが凡人の取り柄というわけか!?」


「俺は凡人じゃねえッ!!」


「フッ、何をバカな……」


「俺には魔法の素質がある! それは確実だ! 足りないのは『きっかけ』だけだ……!」


「……!?」(何を言ってる……?)


 そう――すでに勝ち筋は見えている。

 『天道先輩がレイン先生に魔法使いとして相談をしていた』。この情報を知った時、全ての回路がつながったのだ。


 天道先輩がレイン先生に、自分の正体を明かしたのはなぜか? それはきっと、レイン先生もまた魔女(・・・・・・・・・・)だからだ。

 あの人は先輩の旧知でもなければ親戚でもない。ただの高校の先生だ。先輩は少なくとも中学時代から『狩人』だった。魔法使いでもない他人に、高校生になってから秘密を漏らすはずがない。それが秘密を明かすとすれば、相手が同じ魔法使いだったからだ。


 そして先生は神社で出会った時、初対面の俺を天道先輩の彼氏になりうる男だと見込んだ。天道先輩が高嶺の花で、しかも魔女であると知りながら。あの時レイン先生は祭りの見物に来ていたのではなく、人の多い場所に行くことで『天道先輩の彼氏候補』を探していたのではないか。

 だとしたら先生は、どういう基準でそれを選んでいた? なぜ俺を選んだ?




 ――決まっている。俺が、『魔法使いになりうる人間』だからだ。

 レイン先生は、『炎夏はスペックで男を選ばない』と言った。それはレイン先生自身の基準でもあったに違いない。顔がいいとか背が高いとかではなく、なにか特別なモノ(・・・・・・・・)を持っている人間を、レイン先生は彼氏候補として探していた。


 『魔法使いの才能』こそが、その条件なのではないか。

 なぜなら魔法使いである先輩とお近づきになれるのは、同じ魔法使いだけだから――。


 強引な推理だが、そう考えれば辻褄が合う。

 レイン先生の妙に距離感の近い言動も。そして俺や天道先輩のことを見透かしたような、えらそうな態度もそうだ。――『同じ魔法使い』として同胞意識があったとしたら、すべて納得がいく。

 



(理解しましたよ――レイン先生。これが、俺の仕事なんですね?)




 『魔法使いになって炎夏と距離を縮めろ』――それが『契約』の意味。

 たとえそうでなくても、今はそれしかない。俺が戦わなければ、戦えなければ、俺の好きな人は助からない……!!




「あんたらが俺の『きっかけ』だ! ……感覚をつかんでみせる……!」


「君、まさか……! やめなさい! そんなうまくいくはずないわ!」


「うまくいきますよ。必ず」




 ――自分を信じて無理を通す。それが魔法の本質なれば。

 血にまみれた手を再び握りしめて、走り出した。




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