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2. 天道炎夏は狙われている




「――天道先輩! 好きです! 付き合ってください!」


「ダメ!」


 日陰になった校舎裏。私を呼び出した一年の子の告白を、キッパリと断った。

 罪悪感はない。――背後の木に隠れている彼の友達が、クスクスと笑っているからだ。


「な、なんでですか!?」


「なんでもなにも……自己紹介もなしで告白する人がありますか!? しかも君はこれで二回目でしょ。忘れたとでも思ったの?

 なにかの罰ゲームで来たなら帰って。言いふらしたりはしないから」


 そのあとは話を聞く気にもなれない。速やかに踵を返し、そそくさと三階の教室に戻った。

 自分の机にぐったりと突っ伏す。あの子にはとても失礼だが――少しばかり頭が痛い。


「災難だな、炎夏(ホノー)。また冷やかしか?」


「……たまんないわよ。まだ昼前だってのに、今日これで三回目よ? おちおちお手洗いにも行けないわ」


「これでも、入学式直後よりは収まった方だけどなー」


 私に話しかけてくれるこの男子は、秋月(あきづき)螢視(けいじ)。私の親友で幼馴染だ。この学校で私が置かれているとても厄介な境遇の、ただ一人の相談相手であり――もう一つの『秘密の事情』の理解者でもある。


「――あの……すみません。天道先輩いらっしゃいますか?」


「だぁぁぁ~~~~……」


「……わり。昼休みにしてほしいってさ」


 顔を赤らめた二年生男子が教室にやってくる。声色だけでどんな用事で来たか分かるようになってしまった。

 ――これが私、天道(てんどう)炎夏(ほのか)の日常。私は、学校中の男子の告白を振り続けているひどい女だった。










 私が告白を断り続ける理由は、大きく分けて『二つ』――

 一つ目は、私が天道神社の娘であり、跡継ぎであるという事実だ。なにも恋愛結婚ができないほど家の掟が厳しいわけではないが、安直な男女交際に走ってイメージが落ちたら、家業の経営にかかわるのである。由緒正しい『退魔の巫女』の家系の末裔としては、どうしても身持ちを固くせざるを得ない。

 そんな事情があるので、昔から結婚が前提でなければ、誰とも恋人関係になってはいけないという価値観だった。最初に告白されたのが幼稚園の頃だったのは覚えているが、今まで何人を振ってきたことかもう分からない。回数で言えば四桁を超えるし、同じ人に二回以上告白されることもざらだからだ。

 

 二つ目の理由は、そんな態度を取っているうちに私の身の回りの男子たちが、私に告白して断られることに慣れてしまったことだ。

 断られることが半ば織り込み済み。私に告白することを、勇気を試す通過儀礼のように扱うようになったのだ。『この学校の男子なら一度はやっておけ』――と、部活の後輩に吹き込む男子も多いらしい。そんな謎すぎる文化が、この高校では定着しているのだ。なんなら私が卒業した中学でも伝統が受け継がれているらしく、未だに時々中学の後輩がわざわざ来ることがある。


 もはや新手のイジメとしか思えないが、嫌われているというわけでもないのだ。

 成功を期待しない告白だが、みんな私と付き合いたくはあるらしく、ダメ元だが一応……という期待がみんなの顔にある。だからこそ性質が悪い。たとえ毎日やっていることでも、好意を無下にするのはそれなりに心苦しいものだ。

 割り切れないのである。自分で言うのもなんだが、真面目過ぎるのだ。




「……はぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~……」




 そんな私が学校で唯一落ち着けるのが、男子バスケ部のみんなの練習を見ている時だ。

 私はここでマネージャーをやっている。本当はプレイする方が好きなのだが、止むを得ざる事情でサポート側に転向することになった。


「――先輩、風邪ですか? 元気ないっすね」


「ええ、そうよ水鏡くん(・・・・)。青春とは悪い風邪なのよ……」


「やられすぎでしょ。何があったんですか」


 一年生でうちの新入部員。水鏡律季くんが汗を拭きながらやってきた。短い黒髪が湿って肌に張り付き、タオルが離れた瞬間『ピョコン』とアホ毛が跳ねる。

 今年の新入部員の中で、一番才能があるのが彼だ。まったくのバスケ未経験者だったのにものすごい集中力を発揮して、一か月ちょっとの間に見違えるほどうまくなった。今や、もう少し練習を積めば試合に出せる所まで来ている。

 おまけに見た目もすごく特徴的なので、すぐみんなに名前を憶えられた。まるで漫画のキャラのように、顔に大きな傷がある(・・・・・・・・・)のだ。左目に重なる長い一本の傷と、もう一本の傷が額で交わって、バツ印の形になっていた。いつどうなって付いたものか本人にもわからないらしい。


「律季くん、女の子になる予定ない? このおっぱいを引き取ってくれないかしら」


「どうしたんですか急に!?」


「できることなら誰かに譲りたいのよ。この胸……私に告白してくる人は、結局これが目当てなんだもん」


 がんばってくれている彼の休憩にウザがらみするのは、マネージャー失格だと自分でも思うが……律季くんが聞き上手なので、話さずにはいられない。なにせ、この話題は同年代の女子にも振れないのだ。絶対に自慢だと思われるから。

 だが何の誇張もなく正直に言おう――私に、おっぱいはいらないのだ。胸部にぶら下がったこの二つのお肉は、持ち主の私にとって最大の厄介者だった。

 

「よく知りませんけど、みんなってことないんじゃないですか? 先輩の人柄を好きな人だって、山ほどいると思いますよ」


「小学校ぐらいなら私もそう思ってたわよ。――でも中学ぐらいから、毎年ごとに全員の目つきがいやらしくなっていくことに気づいたの。今となってはこの有様よ? 目立たないわけがないじゃない」


「……それは、まあ……そうっすね。説得力がありすぎます」


 体育館の隅で体育座りをしている私。足と胴体はかなり遠いが、それでも胸が膝で軽く潰れていた。

 でかすぎる。持て余している。それが一瞬でわかるこの姿に、律季くんも反論の余地が無いようだった。


「人柄が好きって言ったって、恋愛の入口なんて結局見た目でしょ? ――冷やかしで告りにくるような人にいたっては、それこそ外見オンリーで来てるようなものじゃない。こんなお荷物をみんなしてありがたがっちゃって」


「邪魔ですか?」


「邪魔。ほんっとマジで、生活するのにも難儀するわよ」


 大きい胸は、まず単純に重量がある。合うブラもなかなか見つからない。1メートルを超えた頃から輸入物ですらサイズがなくなり、最悪オーダーメイドにせざるをえないので、コストもかなりかかってしまう。

 最近は暑い日が多くなってきて、蒸れも気になってくる。そんな時期はうつぶせでもあおむけでも寝づらい。寝返りを打った時に自分の胸で息苦しくなり、目覚めたことが何度もある。


 なんならバスケプレーヤーをやめる羽目になったのもコレのせいだ。走るのに支障はないのだが、胸が弾むのが恥ずかしくて集中できなくなった。

 試合に出ると観客席の視線が全部私に集中するのだ。『三つのボールをドリブっている』だの『ボールがなくてもダブルドリブル』だの、散々なことを言われた。


「うわー……そりゃひどいっすね。二つめにいたっては意味が違うし」


「ひどいわよ。試合の動画がネットでバズって、実名晒されたことまであるの。巫女として地方のテレビに出てなかったら、ふつうに訴訟ものよ」


「……てか先輩って、女子バスケ出身だったんですね。……もしかして、嫌々マネージャーをやってたりします?」


「――いや、そんなこともないんだけどね。こっちはこっちで楽しいよ。……ごめん、グチりすぎたかな?」


「あはは……いいですよ。俺でよければいつでも聞きます」


 バツ印の傷(・・・・・)が重なった目が、まっすぐ私を見ている。

 「グチりすぎ」を否定してないのがちょっとムカつくが――社交辞令ではなく本心で言っていることが、その目で分かるのだ。

 私がこの子を買っている一番の理由が、この誠実さだった。ふつう部活において、『才能のある新入部員』が上級生に好かれることはない。先輩連中にとっては自分の地位を脅かす存在だからだ。同性の嫉妬がいかにめんどくさいものか、女の私は知っている。


「おーい、リッキー。そろそろ戻ってこい」


「はーい」


 だが、彼は例外だ。

 入部してからわずか一か月ちょっとで成果を出すなんて、本来なら周りに疎まれてもおかしくない。なのに彼の場合はそうならないのだ。上級生たちにもリッキーと呼ばれる愛されキャラに落ち着いている。




 ――自然と人に好かれる特性。『人柄』と呼ばれる力の持ち主。

 やっかいごとを呼び寄せるだけの、私の『不自然な力』とは大違いだ。












「――あれ。凛ちゃん?」


「よっす~。炎夏」


「おう、来たな」


 時刻はすでに七時。夕日が沈み、街灯がつく時間帯だ。

 片づけを終わらせて家路につく私を、バド部所属の私の女友達、凛ちゃんとかなたちゃんが待っていた。かなたちゃんは文系女子で、凛ちゃんは茶髪のギャルっぽい感じの子だ。

 ちなみに凛ちゃんの胸はFカップある。私にとっては、巨乳の苦しみを知る同士でもあった。


「うそー、待っててくれたの?」


「別に。こいつと個練してたからついでにさ」


「いつも通り大いに揺れていらっしゃいましたでござる。ラケット食い込ませたらワッフルみたいになるか見てみたい」


「平然と言うな。冗談に聞こえねー……」


「――? ところで、あの人はなに?」


 ほとんど自転車がなくなった駐輪場のあたりに、ちょっとボサボサの髪をした、他高校の制服の男子が立っている。スマホをいじっているふりをしているが、不自然にスマホの位置が高いので、顔を隠しながらこちらをうかがっているのがまるわかりた。

 

「あたしらが来る前からいたんだ。どうも天道を出待ちしてたっぽい。おっぱらっておいたよ」


「え゛……マジ? あ、ありがとう……」


「あいつ、確か前も来てたヤツだよ。その時は炎夏の部活だけ聞いて、帰ったらしいけどさ。――話しかけたらめっちゃ挙動不審だったし、多分ストーカーだね。しばらく身の回りに気を付けたほうが良いよ」


 かなたちゃんはそう言いながらワッフルをほおばっている。――なぜか、凛ちゃんの胸をじーっと見ながら。


「あ……そうか、ワッフルってへこんでるんだ。じゃあ胸にラケット押し付けてもこうならないね」


「どっちかと言うとメロンパンじゃない?」


「どっちにしても嫌だわ。――しっかし、部活終わりのタイミングを狙うなんてな。迷惑だって承知の上か?」


「あのタイプは相手のことなんか考えてないからね。……いっそ炎夏もギャルになったら?」


「なんでよ?」


「凛ちゃんスタイルだと変な男はあんま寄らないよ。おっかないからね」


「おい。結構傷ついたからな今……でもまあ、悪くねえ考えだと思うぞ。カラダ目当ての男ばっかで大変だろうし……」


 凛ちゃんはもともと頭が良くて優しい子だ。軽くぐれた感じになってしまったのは、おっぱい目当ての男が寄って来て苦労しているせいでもある。彼女の言葉には説得力があるが――


「私がイメチェンしても似合わないわよ。それに――世の中そんなに変な人ばっかりじゃないしね。みんながみんな、女の子の体しか見てないわけじゃないわ」


「その顔は誰を思い浮かべた顔? 秋月かな? それともバスケ部の水鏡かな」


「のろけか? それとも……のろけなのか?」


「のろけ!? いや……別に、そういう感じではないわよ!?」


「そういう感じとはどんな感じなのかね?」


「えっ……いや、その……恋愛感情がある、とか……」


「……むっ。なんだこのワッフル、甘酸っぺぇじゃねーかよ」


 からかわれている気がするが反論できない。告白された回数だけは多いが全部つっぱねてきたせいで、恋愛経験という意味では二人の方が圧倒的に強いのだ。

 私たちはこの時、ちょうど職員用駐車場の横を通りがかった。車はまばらだ。なぜかそこから誰かの話し声が聞こえて、全員の足が止まった。


(水鏡くんと――え? レイン先生……?)


「うっお……おっぱいでっか」


「やっぱあの人はモノが違うな。遠目からでもやべえもん」


 レイン先生が自分の車の運転席に座って、コーヒーを片手に外の水鏡くんとしゃべっている。

 ケガの多い運動部である以上は面識があって当然だが――教師と生徒の話にしては、明らかに距離感が近かった。




「――もとはといえばエロい事が目当てで、炎夏に近づいたんじゃからなー♡ いまさら全部無しなど考えたくもなかろう?」


「ええ。こうなりゃ意地でもおっぱい揉んでやりますよ」


「きゃー、律季こわ~い♡ だったらせいぜいがんばるのじゃな♡ もし本当にあやつをモノにできたら、毎日おっぱい揉み放題じゃぞー♡」





 

 ――ぴしっ。

 そんな音が響くぐらい、私の全身が硬直した。





(え? なんの話……?)


(つーかなんであんな仲良いの? いったいどういう関係性だ!?)


「――み・か・が・み、くん……?」


 気付けば低い声を出していた。こちらに背を向けてレイン先生と話していた水鏡くんがアホ毛を立たせ、凍り付いた表情で振り向く。

 いったい今までどういう会話をしていたら、そんなやりとりになるのか気になるが――重要なのは『エロい事目当てで炎夏に近づいた』というレイン先生の言葉を、水鏡くんが否定しなかったということ。水鏡くんのやっちまった感あふれる反応からも、何か悪だくみをしていたのは明らかだ。


「……ありゃりゃ、聞かれてしもうたのう。なにか言い訳をしたらどうだ、律季よ」


「え゛ッ……!!!!」


「そうよ。今のはいったいどういうこと?」


「……」


 めちゃくちゃ律季くんの目が泳いでいる。いつでも人の顔をまっすぐ見て話す彼が。

 ――あー、やばい。これ、ちょっと無理かも……。ショックのあまり私は踵を返してしまう。泣くのを見られてしまいそうだ。


「わああああッ! ご、ごめんなさい先輩!」


「つーん!!」


「わかりました!! 一から説明しますから止まってください!!」


「つーん!!」






 

 ――使わなかった裏設定――


 他校から来た男子生徒はストーカーではなく、純粋な神社仏閣ファン。全国の宗教施設を回るのが趣味で、文化祭でも各地の神社写真の展示を開いたほどの変人である。

 今日は現代の現人神である炎夏にサインを貰いに来たのだが、なかなか声をかけられなかった。挙動不審だったのは現物の炎夏を見て舞い上がってしまったため。


 それを知った凛に面白がられ、最終的に付き合うことになったようだ。


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