◆ 悪の爪のサバト
バトルもの定番、敵幹部会議の回です。
エロにしか興味のない方は飛ばしていただいて構いません。こんな描写にこだわってるから一向に進まねーんだよ!
日本の某高級マンションで、少年のために淫らなサバトが開かれている頃――西欧の小国「グレゴリオ教国」首都ソーサリアンにも、集会を催す魔法使いたちの一団があった。ただし、部屋の中に降りた雰囲気は、律季たちのパーティとは比べ物にならないほど厳粛である。
暗い大部屋に置かれたU字の卓についた出席者たちは、一様に机の上の一点を見据えて開催の言葉を待っており、彼らが座る12個の椅子には、席次に対応するローマ数字が振ってあった。
影のベールをまとった、一振りの鞘の形をした「XII」。
むき出しの鉄剣が二百本ほど飛び出し、針山のようになっている「XI」。
びっしりと矯正ギプスじみた骨格を付けられ、座りにくそうな「X」と、
新品でまっさらな黒一色をした「IX」は、ともに空席である。
放射光を放つプロビデンスの目のレリーフが彫られ、まわりに本が山積した「VIII」。
血の色でヘキサグラムが描かれ、ひじ掛けが山羊の角の形をした、冒涜的な意匠の「VII」。
駆動するブリキの歯車があちこちに付けられ、時々蒸気を吹き出す「VI」。
顎から脳天を矢で貫かれたコブラの頭を模し、牙をむく口の中が着座部になっている「V」。
熱で爛れた岩盤に、錠つきの鎖が執拗なまでに巻き付けられた「IV」は、空席である。
体表に霜が降りた二頭の白熊が、両端を見張っているような「III」。
キューブ状の解けない氷が無数に張り付いた「II」は、空席である。
そして――「I」は。
「――知っての通り、これまで我ら悪の爪の最重要課題は、失踪した我が第一皇女を連れ戻すことにあった……」
U字の卓の頂点に位置する「I」の席、つまりこの会議の主宰者の席は、出席者たちに背を向けている。
そこから言葉が発された時、全員が体をこわばらせた。そこには恐怖が充満していた。
「きょう集まってもらったのは、彼女に匹敵する重要ターゲットが先日現れたことを、諸君らに教えるためじゃ。もっとも彼の名前は、ここにいる全員が既に知っていようがな――つい今朝、彼の脅威評価が確定したのじゃ」
「I」の椅子は明らかに12個の中でも、最も年季が入っており、アンティーク美術品の風格さえ漂わせているが――その背面には、異様な彫刻がびっしりと施されている。
怯えに支配された形相で、背もたれから這い出す無数の亡者たちの浮き彫り。まるで、その席に着く者から必死に逃れようとしているかのようだ。
首席から見て、左側に並ぶ椅子は数が大きく、右側に並ぶ椅子は数字が若い。また、左側の六席は二つずつ組になって三対になっているのに対し、右側の五席はひとつひとつ距離が離れている。「X」「IX」「IV」「II」の席が空いており、総出席者のうち実に三分の一が欠けている状態だった。
「RITSUKI MIKAGAMI――水鏡律季。つい先月にロイとマルスを討った男じゃ。
顔写真と一緒に表示されているのは奴の最新データじゃが、日ごとに数値が変動し続けておる。あまりアテにはならんじゃろう」
斜めになった巨大スクリーンに、顔写真と個人情報が投影された。
太眉と、頭頂部からぴょこんと飛び出たアホ毛が特徴的な少年だ。オレンジの髪を額が出るように短く切り、高校の制服の上に黒いマントを羽織っているという、奇妙な服装をしている。体格は小柄だがスタイルがよく、制服越しでもわかる程度に筋肉がついていて、敏捷そうな印象を受ける。
――水鏡律季。今も三人の爆乳魔女からハーレム奉仕を受けて喘いでいるだろう、その張本人の顔写真が、ここに表示されていた。
「彼は我が国の戦争計画にとり、紛れもなく厄介な敵じゃ。だが同時に、極めて興味深い研究対象でもあると報告を受けておる。――シーラ、説明を」
「はい、ステオルファー様」
呼びかけを受けて、「III」の席に座っていた少女が立ちあがった。「II」が空席である以上、この場では首席に次ぐ上位者ということになる。
――彼女の名はシーラ・グレゴリオ。教皇ステオルファー・グレゴリオの第二皇女にして、当代の「聖女」である。教国でも最高級のVVIPたる彼女は、白いローブを羽織り、フードを目深にかぶっていて素肌が一切露出していない。ただ、返答する声は、若く可憐だった。
「我ら魔法使いは、物理法則を無視でき、法律に縛られることもない。血筋や富に依存せぬ、この世の真の特権階級だ。
我々を束縛するルールはただふたつ。『ひとり一属性』の法則と、『バディ』の法則のみ。魔法使いは己の魔装に関係する能力しか行使することができず、二人以上のバディを持つこともできない。私を含め、この場にいる悪の爪でも、この絶対的なルールを破ることは不可能だ。
――しかし、このリツキは違う。こいつは『ある方法』を使うことで他者の属性魔法を使用し、現状でバディを二人持っている。前例のない現象だ」
「……なんだって?」
室内がにわかにざわついた。「XI」と「XII」が顔を見合わせ、「V」は興味深げに顎を撫でる。
ステオルファーが話す時の張り詰めように比べると、シーラの発言時には、場の空気が明らかに和らぐ。ここに集う魔人たちさえも、教国の最高権力者を恐れているのだ。
「条件付きとはいえ『属性の無視』とは……。確かに、とんでもないイレギュラーだ。だがその『方法』ってのは一体なんなんだよ? それが、このガキの魔装なのか」
「……それは……えっと、何と表現すればいいのかな。たしかに魔装の能力ではあるが、こいつの場合……その、少し特殊で」
「? どうした? なんで慌ててる……」
「……まぁ、ともかく見てくれ。アタシの口から説明するより早いだろう」
卓の左側の最上位者である「VII」は、顔をフルフェイスマスクで覆っており、その容姿が窺えない。そのマスクのデザインは、『窪んだような真っ黒な穴が、顔全体を覆うようにぽっかりと空いている』というものだ。その下からは、舞台女優のように良く通る、アルト音域の美声が発せられている。
彼女が発した質問に、シーラはなぜか素に戻ってしどろもどろになる。説明責任から逃れるかのように、スクリーンに映像を投影した。
「今見せているのが、三日前に偵察機から送られてきた、リツキ・ミカガミの映像だ」
スタイリッシュな黒色の戦闘スーツの上にマントを羽織った律季と、露出度の高い巫女衣装を着た、スタイル抜群の黒髪美少女が映っている。
律季が拳を振るい、美少女が火焔をばら撒き、画面の中を縦横無尽に飛び回った。二人を取り囲む数十体のゴーレムは、見る間にバラバラの土くれに変わっていく。
「廃棄された訓練用ゴーレムの、処分作業のようですね……隣にいる女は誰です?」
「名はホノカ・テンドウ。リツキのバディの一人だ――二人いる中のな」
魔法使い用の訓練道具であるゴーレムは、相手に致命傷を負わせることは決してないが、複数人から全力で魔法を撃たれても壊れない程度には装甲が厚い。処分の際には、敵に回収されるのを防ぐために機能が止まるまで壊し尽くす必要があるのだが、それができるのは相当なレベルの使い手に限られる。
偵察機から送られてきたためか、画質はあまりよくないが、炎夏の爆乳がぶるんぶるんと揺れる様ははっきりとわかった。彼女が炎の槍を鋭く振るうと、それと同じ方向に乳が跳ねる。それはそれは、じつに凄まじい迫力だった。
「……えっ? これ日本人だよな? なんだこの乳なめてんのか」
「――実にねたましいですね。これでまだハイスクールとは、世の中はなんと不平等なのか」
「……いいから律季に集中せんカ、ティリス。なにも本気でひがむコトないだろウ……」
「はい。申し訳ありません――ダン様」
炎夏の爆乳のインパクトに、女性陣は冷静ではいられなかった。特に「XII」の席についたスレンダー美女――ティリスは、露骨に不機嫌そうになり、本題の律季の方にまったく目がいっていない。剣山状の「XI」の椅子の、やたらと広い着座部に、ちんまり座る小柄な少年――ダンは、注意しながらも顔の赤さを隠せていない。彼の言語はなぜか片言で、律季という名前を「Li Fang」と読んでいた。それは中国語の発音だった。
私語ばかりする賑やかな部下たちを、なぜかシーラは一切咎めず――次の瞬間スクリーンに、驚くべき光景が映し出された。
『あんっ、こらぁ♡ 律季くんっ♡ こんな時に何してるの……♡』
『こんな時だからですよ。炎夏さん成分が切れちゃったんで、その補給を……♥』
『にしたって、直触りしなくても……はぁんっ♡ ――もう、ちょっとだけだからね♡』
「――ぶふっ!?」 「は……?」 「「なぁっ!?」」
戦闘の真っ最中に、律季が炎夏に忍び寄り、その豊満な乳房を後ろから不意打ちでわしづかみにした。
「VII」がマスクをあげて口に含んだ飲み物を吹き出し、「VIII」がピシリと硬直し、ダンとティリスが素っ頓狂な声をあげる。「III」のシーラは腕を組んで、スクリーンから目を背けていた。混乱する面々をあざ笑うかのように、スクリーンの中の律季は、楽しそうに炎夏の乳をこね続けている。セクハラされている炎夏もまんざらでもない――それどころか、手で抵抗するふりをしながら、律季の頭を優しくなでている有様だ。
魔導兵器である以上、混信を起こすはずはないのだが、まるで偵察機が目の前の光景に困惑でもしているかのように、画面には時折ノイズが走っていた。二人を取り囲むゴーレムたちも一斉に軽く後ずさりし、心なしか唖然としているように見える。
『あ~~、炎夏さんっぱいほんっと最高。何回揉んでも飽きねぇ……っ♥』
『ふあああっ♡ もう、そんながっつり揉まないでよ……♡ 帰ってから好きなだけしていいからぁ……っ♡』
「第三席……? 僕らは何を見せさせられてるんですか?」
「げほっ、ごほっ……お、おい大丈夫なのかこれ!? ダンもいるんだぜ!?」
「い、いいからだまって見んか――この映像は、ここからが重要なのだ」
「……え?」
「VII」は素直にスクリーンを見た。表情のない『闇の空洞』のマスクをつけていても、はっきりとそれが判別できるほど動作が大きかった。
ティリスは「見ちゃいけません!」とばかりにダンの目を覆っているが、自分は興味津々でスクリーンに釘付けである。
そんな個性豊かな下位陣とは対照的に、机の向こう側の「V」「VI」は、無感動に映像を見ていた。モルモットの交尾を観察する科学者の表情である。
『よしっ――補給完了』
それぞれの視線の先で、スクリーンの中の律季が、炎夏の乳から手を離す。
その時、彼の両拳には――先ほどまで炎夏が振るっていたのと同一の力、燃え盛る火焔が宿っていた。
「……! こ、これは!?」
「見ての通りだ。これこそがリツキ・ミカガミの能力。もちろん彼自身の魔力は『炎』ではない。
奴はバディたるホノカ・テンドウの属性魔力を――その、『肉体接触』をトリガーとして、限定的に使用することができるのだ」
「――いやいやいやいや。それっぽく言ってもダメでしょ。要するに『おっぱい揉んで魔力借りル』能力でしょウ? これって」
「……そういえば確かに、成分を補給するとかなんとか言ってましたものね」
「比喩じゃなかったんかい!? ……いや、というか捕えて研究するもなにも……あんなもの、ウチの兵士に導入できるわけないだろ? シーラお前、『彗征軍』を変態集団にしたいのか?」
あまりにバカバカしすぎる内容に、ダンたちは困惑を隠す気もない。「VII」にいたっては真面目にシーラの正気を疑いだしている。
「……そういう話ではなくてだな。奴を捕らえれば、『属性のコピー能力』の秘密が手に入るかもしれない、と言っているのだ。実現すれば、まさしく革新的なブレイクスルーがもたらされることとなる。そのリツキの身柄を、敵が確保しているのは、我々にとってきわめて危険な事態なのだ。たかが新興のレジスタンスに、我々が技術力で上回られることになりかねない」
「奴は、かりにも悪の爪の二指を折った男――どうあれ危険な敵に違いありませんし、無視するわけにも参りません。あまりまぜかえしてはいけませんよ、オフィリア」
「あたしのせいなのか!? これ!? ――つーかそうだよ。思い出したらそうじゃん。ロイの奴、なんでコレに負けてんだよ……」
「意表をつかれたせいではないですか? 誰だってアレは驚きますもの……」
「VII」オフィリアをたしなめたのは、その隣に位置する「VIII」の席の主、ノーツ。アイマスクで己の目を隠し、その代わりをするかのようなプロビデンスの目が描かれた帽子をかぶった少年だ。不健康そうなやせぎすの体つきをしていて、声が大きく恵体のオフィリアとは対照と言える風貌である。
「戦闘中にいきなり乳を揉み出したせいで、動揺させられたと? 文字通りセクシーコマンドーですね」
「うまくねえヨ――って、ア……アレ? 映像はここで終わりですカ?」
引き続き律季と炎夏、二人の炎使いの訓練風景を映していたスクリーンが、まだ敵を倒し切ってもいない中途半端な場面で暗転した。最も重要であるはずの、律季が炎で戦う場面をろくに撮れていない。ダンは困惑したようにシーラを見やる。
「残念だったなダン、ここから先はR18だってよ」
「そうですよ。あなたには過激すぎます」
「っ!? だ、誰がそんナ!」
「……だから、まぜかえすなと……」
「偵察機からの映像転送はここで止まっていた。どうやら律季に発見され、破壊されたらしい。
――1km離れた地点から、望遠で撮っている機体をな。ちなみに周囲には誰もいなかった」
「……は? マ、マジっすか」
「ルーキーでその空間解析力とは、たしかに類稀な才能ですね。もっとも、あんなところを撮られたら誰でも怒るでしょうけど」
「……それは、その……屋外で行為に及ぶほうが悪いのでは?」
「オマエらいいかげんシモから離れロ」
相変わらず軽口を叩いてはいるが、彼らは自軍の偵察機の隠密性の高さを熟知している。1km離れた場所から、しかも自陣と思って安心している状態でそれに気づくのは、尋常な勘の鋭さではなかった。
だがそれを聞く彼らに、驚きはあっても危機感はない。自分たちが慎重にかかれば、早熟のルーキーなど容易に捻れる。同僚二人が敗れたのは単に油断したからにすぎない――そう確信していた。
若い連中が和気あいあいとした空気感を醸し出す中、これまでしゃべらなかった『V』と『VI』がはじめて口を開く。
「どのような能力であれ関係ない。聖女様に楯突く神敵どもは、我が『聖別医療班』の名にかけて鏖す……それだけだ」
「右に同じ。わたしのオモチャを壊した罪は、しっかり償ってもらわないとね。『コピー能力』の研究がてら、どんな拷問にかけてやろうか、今からとても楽しみです」
「……指令は生け捕りだ。ブラッドレット」
彼ら二人は、悪の爪でも年長の男たち。ひとりは、教国軍における衛生兵科『聖別医療班』のリーダーにして、悪の爪の第五席であるブライト・ブラッドレット。そして律季に壊された偵察機を含む魔導兵器の開発者、第六席ヂオメトリー・トリスメギストスである。
ブライトの血生臭い宣言に対し、『聖女様』と呼ばれた本人であるシーラは、消えたスクリーンから視線を動かさず無感情に返事をする。それ以外の面々は、畏れと、それ以上に不快感の混じった表情で、一様に押し黙っていた――まるで、彼らと同じ空気を吸いたくないとばかりに。
ステオルファーはにやりと笑い、一同に言葉を投げかけた。
「――第五席の言やよし。われわれの最終目的は、あくまでも機関のレジスタンスを殲滅し、世界を手中におさめる事じゃ。そして、われわれには猶予が無い。リツキを得て『属性無視』の秘密を知ったとて、その技術を『決戦』までに実用化できるとは限らん。
使えるか使えないか判断できない技術よりも、どうあれリツキを排除することを、われわれは優先せねばならん。むろん生け捕りが理想ではあるが……それが難しい場合は殺害もやむを得ぬ。リツキというジョーカーが敵の手にある状況を、これ以上座視することはできん。
今この時より、リツキ・ミカガミを悪の爪の最優先討伐対象に指定する。総力を挙げて、奴を消去するのだ」
水鏡律季という少年は、ここに教国の敵として認められた。
シーラは姿勢を変えずに目を鋭くし、ブライトはこみあげるように攻撃的な笑みを浮かべ、またダンは無関心そうに顔だけを主催者の方に向けている。
――今年中にリツキ・ミカガミを倒し、レジスタンスを滅ぼせ!
寿命の迫るこの星を生かすため、われら教国が人類を統べるのだ――!
サバトの終わりを告げる言葉は、同時に狩りの始まりでもあった。
ここに幕を開けるのは戦争。世界最凶の魔法使いたちと、ひとりのスケベな少年の、一年戦争――。
Malebranche : 9 out of 12
Ⅰ:Steorfar Gregorio
Ⅱ:???????? (Runaway)
Ⅲ:Sheila Gregorio
Ⅳ:Ashley Emberace
Ⅴ:Blight Bloodlet
Ⅵ:Geometry Trismegistus
Ⅶ:Ophilia Grace
Ⅷ:Notes Lightear
Ⅸ:Roy Stringer(Lost)
Ⅹ:Mars Irvine(Lost)
Ⅺ:Duan Cinnabar
Ⅻ:Tillis Flamberge