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橋の彼方  作者: 千里空
神の子供たちはみな踊る
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光②

ようく晴れた日だった。

見渡す限り一面の青が空の果てまで広がっていき、地平線の彼方に僅か翳りのような物があったものの、目の前の空は美しかった。目の前にあるのは圧倒的な緑、後ろにある景色を全て遮り、ここから見える景色は空の青と森の緑二色だけだった。

夏は寂しい季節である。

あちらこちらから湧き上がる騒がしいセミの鳴き声と、遊びまわっていた子供の楽しそうな笑い声と、それを嫌でも聞かされた自分がそこにいた。

僕は縁側に腰を掛けて考え事していた。

読書に疲れた時、部屋を出てこうして縁側にかけて意味もなく目の前の景色を眺めたり、屋敷の中を散策したりしていた。

夏は嫌いだ。

秋が来たら、色んな命が枯れていくから、その前に精一杯生を(うた)うのが夏という物であった。僕から見るとそれは悪足掻きでしかなかった。溢れんばかりの日差しと、溢れんばかりの生命力、どれも僕の神経を逆撫する物であった。

いつの間にか、アキラが隣に来ていた。

「何見てんの?」

「何も」

彼は僕の視線を沿って、遠く空を眺めた。しばらくは無言だった。

「セミ、うるさいね」

「そうだね」

「今日は暑いなぁ」

「うん」

一樹と美雪と一緒にいないのはちょっと意外だった。

「夏は好きの方?」

突然の質問に彼は予想外だったらしい。少し間を置いて朗らかに「好き」と応えてくれた。

青と緑は飽きたので、僕は庭に敷き詰められていた石ころに目を向けた。

「引越しのこと、どう思う?」

やはりそうきたか。

あれは昨晩のことだった。突然お母さんの部屋に呼ばれて、近いうちに引越しすると告げられた。予感があったから、僕はそれほど驚きでもなかった。

「どうもこうもないでしょ。僕達は言うこと聞くしかないし。文句言える立場じゃない」

「けどよ、納得はしてないんだ。なぜ急に引っ越すのさ。理由も教えてくれないし」

アキラは思うところがあったようだ。こんな家、未恋も愛着もないのに。なんでそんなに不貞腐れてしまうだろう。

「知ってどうする。知らないほうがいいことだってある。世の中には理不尽なことばかりだ。一々気にしてたら終わりがない」

「僕達は追い出されるんだぞ」

真実を知らなくでも。薄々勘付いているだろう。ここでの暮らしに慣れすぎたか、本来僕らの居場所じゃないことを忘れた。本当は家主の気分次第でここを去らねばならない立場なのに。

「お前はそれでいいのか?美雪と、一樹と離れ離れになって」

機嫌が悪そうに、アキラは庭に飛び降りて、そこら辺に転がっていた石ころを拾って、塀の外に目かけてそれを投げた。感情の行き着く先が見当たらず、虚しい八つ当たりであった。

「いいわけないだろ。でもどうしようもないじゃないか。あの人の決めたことだ。お母さんだって逆らえないだろ」

引越しになるのは、僕とアキラ、そしてお母さん三人で、何故か美雪がこの家に残るという結果になった。お母さんが自分から進めてそんなことするような人間じゃないから、きっとこれはあの人に無理やりさせられたことだろう。子供の僕らはとても無力だ。僕は常に無力感に苛まれていたから、耐性はあった。だから僕なりに現実を受け入れようとしていた。

なのに彼が現れた。双子である彼を見ていると、真実を映し出す鏡を見ている気がした。僕が偽った外面は彼の前じゃ無駄だった。だって彼はある意味僕の隠れた真実のような物だったから。

「僕は諦めないさ。美雪のことも、一樹のことも」

「そう。せいぜ頑張れよ」

希望を持つことは彼に任せた。代わりに僕が現実を受け止める。僕らは二つにして一つだから。

いつの間にか、空の向こう側から雨雲がどっしりとやってきた。吹き抜けた風も涼しくなった。

夏の雨はいつも突然である。突然降りかかる現実と同じように。

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