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橋の彼方  作者: 千里空
エピローグ
72/74

橋の彼方

K

欠落した橋の果てに立ち、最初に来た頃と同じように、視界を埋め尽くす白い霧を見詰めていた。その霧を見て、最初は戸惑ったが、今は感謝する気持ちさえある。

この世界で為すべきことを成し遂げた。大事な物は手に入れた。他の人によく聞いた言葉を、今一度心の中で自分に問いかけた。

お前は幸せだったか?

ああ、これ以上になく、幸せだった。

数多の出会いを思い浮かべて、ここで過ごしてきた全てを噛み締めるように、しばらくノスタルジーに浸っていた。

ユキは同じようにじっと霧を見詰めていた。そこに預かっていた物を取り戻しているようだ。

少し緊張した。何度繰り返しても、やはり見放されないかと不安になった。愚かな俺を責めるだろうか。呆れて、もう付き合ってられないと離れてゆくだろうか。

記憶が戻ってゆくにつれて、彼女の体は軽く震えた。涙が溢れ出して、頬に伝わった。

「美雪」

そっと彼女の名を呼んだ。

美雪はこっちに振り向いて、視線が合った。悲しんだり喜んだり、色んな感情が混ざりあって、変な顔になっていた。その顔を見て思わず眉間に皺を寄せた。

そっと彼女の涙を拭って、頬を引っ張った。

「変な顔になっているよ。せっかく綺麗な顔が台無しだ。泣くか笑うかどっちにしろ」

美雪は少し力を入れて俺の手を(はた)いた。

「こんな時に冗談言うの?本当に無神経だから」

そう言いながら、少し嬉しそうに笑った。その笑顔を見て安心した。

「ねぇ、ここに居る間、君は幸せだったか」

いつか彼女に聞いた話を、もう一度聞いた。

彼女は力強く頷いた。

「ええ。とっても楽しかったわ。ありがとう」

そして彼女は俺を抱きしめて、胸に顔を埋めて、頬ずりした。

「懐かしいハグだね」

こうやって甘えてくるのがいつ以来だろうか。もうはっきりと思い出せない遠く昔のことであるように思えた。

「ごめんね。沢山迷惑かけた」

胸のあたりから彼女の元気のない声が伝わった。

「なんで謝る?全部俺の意志でやったことだよ。むしろそっちは嫌じゃないか?俺の我侭に付き合って」

「いええ。立場が逆だったら私も同じ選択をするはずだよ。一樹が私のためにやったことだもん。感謝の気持ちしかないよ」

「でもこれからは……」

「いいんだよ。あなたさえ側に居れば。それに、この先は辛い事ばかりじゃないんでしょ?」

彼女の許しを得ても、胸のあたりがじんじんする。この先に待ち構えている苦難の道を考えると、はやり自分は罪深い人間であると思った。

それでも、束の間の幸せだったとしても、掴み取りたかった。

いつの間にか、ポケットの内にある懐中時計は消えてしまった。水面の上に橋が現れて、向こうへ繋がった。

ここはもう欠落などせず、立派な架け橋になっていた。

お互いの顔を見た。名残惜しさや不安があったものの、やがてそれらを微笑みの下に隠した。

「行こうか」

手を繋いで、俺らは迷いせず橋の彼方へ向かった。

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