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橋の彼方  作者: 千里空
神の子供たちはみな踊る
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一樹②

「生まれについて考えるだけ無駄だ。どこに、誰に生まれたか、自らの意思で決められるようなことじゃないから」

自分の生まれに文句をつける際に、ヒカリはそう言ってくれた。

子供の中で彼が一番博識なので、彼の言葉何かしら説得力ある。

彼の部屋は本に埋め尽くされていた。大の大人より幾分高い本棚にいっぱい本が詰まっていて、それでも入りきれないからそのまま床に置いていた。本で築き上げたビルが幾つがあって、それらを倒さないように、彼の部屋へ行く時気を付けなければならなかった。

あそこは父親の書房だったらしい。故あってヒカリに宛てがわれた。昔あった本はそのまま残っていた。その時はまだ本に埋まっていなかったらしい。躰の不自由の彼にとっては、本は一番の相棒だった。興味のあったものを読み漁り、それが終えたら今度は自分の好きな本が加わった。それでどんどん本が増えていくわけだ。

本は世界の形を万華鏡を通して教えてくれる。そう彼は言った。物語の世界に飛び込めば、時間も躰のことも忘れられる。心はどこでも自由に行けるから、本はとても素晴らしいと彼は言った。

「物語の中では、気が遠くなるような時間も、どれぐらいの苦痛であっても、時として一行で終わる。それがとても羨しかった。現実は重いし、理不尽ばっかりだった。御都合主義の物語とは大違いだ」

彼はそう言いながら自嘲するように笑った。

理解に苦しむような言葉が多かったが、彼も僕と同じように、生まれについて悩んだことだけが分かった。

生まれは自らの意思で決められることではない。だからいくら悩んだって無駄である。

自分に言い聞かせるいい言葉であった。自分が静流さんの子供に生まれたらいいなと思ったことがある。そうしたらもっとあの人に甘えるし、彼ら達ともっと親密になれると思った。

僕達は同じ家で育ち、物心がつく頃からずっと一緒にいた。兄弟同然とも思えるし、静流さんも自分の子達と区別しなかった。それでも物足りないと感じたのは、「他人」という概念を無意識に働くせいだろう。

なぜ家族以外の人に温もりを求めてしまうのか。それは井野家に生まれたからだ。

井野家は昔からこの一帯の地主である。江戸時代で財を成し、町ごと我が物にしたという。時を経て衰退も免れなかったが、(まつりごと)に携わるだけは手放ししなかった。昔から地方議員が多かったらしいが、祖父が飛び抜けた才能の持ち主で、内閣まで上り詰めた。井野家を再び振興するように、後継者は更なる上を目指さなければならない。それが祖父から決めた家訓らしい。

父も若くして市の議員になり、今度市長選挙に出るらしい。僕も同じ道を歩むことになる。生まれる前からそう決められていた。そのせいだろうか、家族は僕に対しとても厳しかった。

家では決まり事が多いし、学校では成績は常に上位でなければならない。父は忙しい身で家にいない時間が多いから、母親は父の役を兼ねて僕に一段と厳しかった。ちょっとしたことで叱られることが多々あった。家族に優しい言葉をかけられるのが夢のまた夢であった。

静流さんに甘えたから僕は耐えたかもしれない。でも、所詮本当の親子ではなく、飢えた心は満たされないままだった。だから僕は彼らが羨しく思い、静流さんの子として生まれたかった。

でも人の生まれは自らの意思では決められないのだ。

どの道、僕は井野一樹として生まれ、井野一樹として生きるしかないのだ。

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