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橋の彼方  作者: 千里空
君の知らないところで世界は動く
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変化と日常②

一樹

「ね、マジの話。妹を紹介してくれよ」

昼間、友達の小林順治(こばやしじゅんじ)と屋上で寛いでいながら、いつものように馬鹿な話をした。昼食を済ませ、二人は屋上の手摺りに寄り掛かって中庭を眺めていた。視線の先は中庭のベンチに座る女子二人、その中に美雪は居た。

「嫌だね。その気があれば自分で何とかアプローチしろ。当たって砕けろってな」

「そりゃあ流石にハードルが高いよ。今まで失敗した男子どもは十本の指で数え切れないって話だぜ。仲のいい兄が紹介してくれればハードルは下がるんじゃない?」

「しないね。お前みたいな奴に妹は渡さない」

「チェッ、過保護~」

不満そうな表情で小林は言った。

いつも馬鹿な話を振ってくれる彼とは、東京へ来て早々できた友人の一人。家とか気にせず話かけてくれたから僕も気楽に接することができた。しかし美雪のことを絡むと、しつこく紹介してくれと頼んできた。下心が目的で近付いてくるんじゃないかと疑いたくもなる。

僕は呆然と中庭を眺めていた。美雪はクラスメイトの村上鈴(むらかみすず)とおしゃべりしながら弁当を食べていた。仲良さそうに微笑んいたその笑顔が、どこまでが本心なのか、思わず気になっていた。高校に入り、彼女も少々変わった気がする。昔のように刺々しくなくなり、数少ないが友人もできた。身を守るために上手いこと取り繕っているか、他人に心を許す程心の余裕ができたか。どちらにせよ、僕にとってそれは嬉しいことだ。

ふと、彼女達の視線はこっちに向けた。こちらを見た途端、笑顔で軽く手を振った。

「おっ!こっちを見た!ね、今見たよね?笑って手を振ったよね?これってもしかして脈あり?!」

馬鹿みたいに騒いた小林を無視して、僕は返事代わりに軽く頷いてみせた。

「ねぇよ、そんなの。どう考えても僕の方への挨拶でしょ」

「良くも言い切るわね。そういうの、世間じゃシスコンって言わなかった?そもそもこの歳で妹と仲がいいなんておかしいよ。この間も一緒に出掛ける所を見られたらしいじゃないか」

「普通だろう、それが」

「普通じゃねぇよ。俺の妹なんかいつも偉そうに兄をこき使ってるし、キモいって言うし。お前の妹みたいにキレイで淑やかでいりゃあよかったのに。ああ、羨ましい!」

「マジでキモいな、お前」

そんな感じで、昼を過ごした。

小林が言っていた仲のいい兄妹関係が築かれるまでの経緯を考えると、感慨深い物があった。あの火事の一件以来、僕に対する美雪の態度は以前より随分柔らかくなってきた。大昔のような感じが段々戻ってきたような気がする。彼女に拒絶された日々はまるで自分独りで光のない暗闇の中を歩いていたようだった。そんな気持ちは二度と味わいたくなかった。

ただ、僕の前に立ちはだかる宿命という壁が消えたわけではない。成長につれてそれが段々近付いてきて、不安や焦燥が日に日にました。そして、自分の中に潜んでいた、そろそろ抑えきれない気持ちが、汚い欲望が、いつはち切れるかを恐れていた。

そこから目を逸らし、気付かない振りをし続けるしかなかった。


放課後、生徒会の仕事を終えた後、美雪の教室へ向かった。彼女はそこで待っている。

一緒に帰るのはここへ引っ越す以来習慣となっていた。彼女に冷たくされた日々がまるで嘘のように、毎日一緒に登校し、一緒に下校した。休みの日は偶に街を出かけて、買い物したり本屋へ行ったり、同じ学校の生徒に目撃されたこともあった。そのせいで色々噂も流れていた。美雪はその噂を物ともせず、堂々としてきた。僕も彼女に習って、なるべく気にしないようにしている。

教室のドアを開けて、中に独りで読書している彼女を見かけた。読書の邪魔にならないように長い髪を耳にかけた横顔が綺麗で、思わず見惚れていた。早まる心臓の拍動をどうに静めないか、足を止めた。

「もう少し待って、あと少しで読み終わるから」

視線を本に向けたまま、彼女は背中越しに声をかけてくれた。

僕は教室の入口に立ったまま彼女の横顔をずっと眺めていた。時間を忘れる程見入ってしまったか、彼女が本を閉じる音で我に返った。

「お待たせ。何で教室に入らなかったの?そこに立って面白い?」

片付けが済んで、彼女はこっちに寄ってきた。

「邪魔かなって」

「ドアを開けた時から邪魔だよ。それに、ガン見された方が気になるよ」

それを言われて気まずくなって、恥ずかしい表情を見せないために背を向けた。

「いいから、行こう。もうすぐ校門が閉まるから」

後ろに居る彼女が軽く笑った声を聞いた気がする。それについてあまり考えないように僕は歩き出した。

夕焼けの柔らかい光が駅までの道をオレンジ色に染まり、そこを歩くと、心もどことなく柔らかくなった。

「ところで、お昼のあれは何?冷たい返しで村上が嫌われたと思ったじゃない」

「別に、他のことで気が散っただけだ」

「なんのこと?」

「なんでもない」

小林の馬鹿が騒いたことで、機嫌が損ねったのはここで伏せておこう。

美雪は探るような目でこっちをまじまじと見詰め、僕のポーカーフェースから得られる情報がないと分かって、つまらなさそうに視線を逸らした。

街角を通る時、小汚い男が僕らの前に横切って、こちらを一瞥した。何度か見た顔で、自然と覚えた。怪しげな恰好で、この辺の住人に見えなかった。同じ人間が違う場所で偶然見かけた。それはある意味偶然じゃないかもしれない。父の差金か誰か知らない相手の差金かは分からないけれど、真の意図は読めなかった。だだ僕達を監視することであれば、わざわざ姿を見せる必要がないはずだ。ある種の威嚇行為だと思っていいだろう。

そのことで鬱になりそうな時、電話がかかってきた。かかってきた名前を見ると、余計に煩わしくなってきた。

「彼女?」

「うん」

「出ないの?」

迷った末、電話に出た。

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