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橋の彼方  作者: 千里空
深い闇へ
39/74

脅し

一樹

その日もまた生徒会室でお昼を過ごした。

美雪の件は進展がないまま何日過ぎた。生徒会の仕事もあり、美雪に受けたイジメをよく調べる余裕がなかった。光一は前の件で負い目を感じているらしく、ここ数日は黙々と仕事をこなし、僕と事務的な交流しかしなかった。

不安は日に日に大きくなっていく。今まで聞いた話では、美雪に対するイジメまはだ悪戯程度に留まっているが、イジメというのは段々エスカレートしていくものだ。被害者にとって、その過程は肉体的な被害より、精神的なダメージが大きいと言えるだろう。被害者にとって、イジメをする者達はもちろん、それを黙って見過ごす者達だって敵である。その泥沼から抜け出せない限り、被害者はストレスが溜まる一方で、最悪他人を傷付けるか自分を傷付けるかの結末を迎える。それは生涯忘れられないトラウマにだって成りうる。そうなる前に、何としてでも阻止したい。

立場を考えなければ、僕自身美雪に付き切りさえすればよいのだ。しかしそれはあまりにも短慮な行為で、あまり取りたくない手段だ。

「手が止まっているよ」

光一が一言声をかけてくれた。その一言のおかげで我に返った。どうやら仕事中に考え込んで手が止まったらしい。僕の間抜け姿を見て、彼は思わず苦笑いした。

「これは重症だね」

「すまない。例の件が心配で」

「風のたよりだけど、妹さんは今日放課後旧校舎の裏に”誘われた”らしい。何かをするのは分からないけど」

さりげなく光一は言った。

「本当?」

その話に驚き、思わず椅子から立ち上がった。

「さぁね。確かめて行けば?午後の会議は俺が仕切るから、こっちは任せて」

「ありがとう。本当に助かる」

光一ははにかむように視線を逸らした。

「俺はなんもしてねぇよ。事がどうなるかはお前次第。頑張れよ」

「そうだね」

その情報を聞いて頭をフル回転させ、対策を講じた。旧校舎のことを思い出しながら、幾つ案を考えた。思い立ったらその場に居ても立っても居られず、生徒会室を後にした。

……

この学校は五十年前から設立されたらしい。当初は今程の広さはなく、十数年前に隣の土地を買い取って学舎を建て直した。当時の校舎は一部取り残され、理科室や料理教室、物置などに使えることになった。授業以外に利用することはほとんどないから、普段は人影が少ない。幽霊が出るという噂も聞いたことある。

旧校舎の裏に槻や梧桐の木があって、その周りは生垣が囲んでいる。生垣と旧校舎の間でちょうど幅二メートの開けた場所があり、何か内緒事をするのに打って付けの場所である。

午後の授業が終わり、僕は写真部から借りたカメラを鞄に仕舞い、そそくさ教室を出た。渡り廊下を通り過ぎて、旧校舎の構内に入ってから人目に付かないように注意しながら裏に回り、生垣の後ろに隠れた。

しばらくして、龍造寺達は先に校舎裏に来た。三人はスマホをいじりながら中身のない会話をしていた。美雪はやや遅れてやってきた。美雪を見るなり、三人は意地悪な笑みを浮かびながら美雪を囲んだ。

僕はカメラを回して良く撮れるように焦点(ピント)を調整した。

囲まれ美雪はいつも通り涼しい顔をしていた。しゃんと背筋を伸ばして、虫を見る目で龍造寺達を見ている。

「返して」

美雪は抑揚のない一言を言った。どうやら何かを取られたらしい。

「のこのこ来やがって本の心配かよ。今から何されるか分かるか?ブスめ!」

手下の一人、小田綾子は啖呵を切って脅しをかけた。

「興味ない。本を返して」

美雪は相手に臆さずただ自分の要求を通そうとしていた。その態度が余計に相手の神経を逆撫でしたらしい。

「その澄まし顔が気に入らないわよ。お前達、立場を弁えさせてやりなさい」

正面に立つ龍造寺は手下どもに命令した。すると、美雪の斜め後ろに居た二人は彼女を逃がさないように腕を掴まえた。美雪が雁字搦めされた後、龍造寺は彼女の顔面に平手打ちした。

暴力に振るわれたにも関わらず、美雪は凄く冷静のようで、冷たい目線で龍造寺を睨んでいた。

「このブス、まだ涼しい顔してやがる」

「結構。いつまでもその澄まし顔でいられるかしら」

龍造寺はポケットの内からハサミと取り出し、それを美雪の前に見せびらかした。

「これ、何に使うのか、分かる?」

その質問に答えることなく、美雪はただ黙って彼女を睨んでいた。それを面白く思わなかっただらう、龍造寺は思い切って彼女の制服を引っ張った。

「こうしてやるのよ!」

彼女はハサミで美雪が着ていたシャツをぼろぼろに裁断した。

「どうだ?ブスにはお似合いの姿になったと思わない?この学校の制服はあんたみたいなゴミが似合わないのよ。ゴミにはゴミらしくしないとね」

「こんな下らない事で気が済むのか?それで貴様の醜い嫉妬や自尊心は解消できたか?」

「あら?減らず口だね。いいか、あなたこの学校にいる限り、あなたに対するイジメは止めないわ。痛い目をいっぱい味あわせてやる。こんなじゃ済ませないわよ。もちろん、誠意を込めて謝ってくれれば、許してやってもいい。そうだね、その上着を脱いで、下着だけで土下座してくれれば考えてやる」

その言葉に美雪は嗤笑した。

「許す?何様のつもりだ?私はあなたに謝ることは一つもない。許さないのはむしろこっちの方だ」

「まだ強がっている余裕があるのね」

美雪の言葉に煽されたように、龍造寺はハサミを美雪本人に向けた。彼女を美雪の髪を一房手に取って思い切り切ってしまった。

それ以上はただならぬことになりそうなので、僕は生垣から出て、大声出して制止した。

「そこまでだ!」

突然現れた僕に一瞬驚きを見せただけで、龍造寺はすぐ持ち直した。彼女は不敵な笑みを浮かびながらこう言った:

「今取り込み中ですけど、生徒会長は何の用かしら?正義の味方ごっこですか?」

「イジメを受けた生徒を見掛けて、看過するわけないだろ」

「イジメなんてしてませんよ。私達はただ四人で遊んでいただけですよ、ね?」

龍造寺はあくまで白を切るつもりのようだ。他二人はその言葉に頷き、余裕ぶっていた。

「一部始終見ていたんだ。とても遊んでいるとは思わないね。彼女を放しなさい」

未だに美雪を掴まえているその二人を睨んで、やや厳しい声で言った。

「普段はお高くとまってるくせに、いつからこんなに積極的になったの?もしかしてこの女とできているの?」

「そうに決まっているわ」

龍造寺の連れ達もそれに付随して囃し立てた。

僕はそれを気にもせず、彼女達を退かして美雪の手を捕まってこっち側へ引き寄せた。

「彼女は僕の妹だ。妹がイジメを受けたら兄として当然見過ごせない」

「妹ですって?もっとましな言い訳がないかしあら。聞いて呆れるわ」

三人とも嘲笑いし始めた。

「お前達がどう考えるなんてどうでもいい。彼女に対する暴力や嫌がらせは僕が許せない。今後は彼女に手を出すな」

「何様のつもり?幾ら井野家の息子といっても、操り人形に過ぎない。指図は受けないわ」

「確かに僕じゃあ指図できないね。ならお前達の親にしてもらうよ」

そう言って、さっきから背後に隠して持っていたカメラを彼女達に見せた。

「さっきまでお前達が彼女に行った暴行を録画している。その中身をメディアに流したらどうなる?お前らの親も一応名の知れた人間、娘たちが悪行をする姿を見てさぞ悲しむだろう」

「それ、脅しのつもり?」

カメラを見て龍造寺は焦る表情を見せた。

「そうだよ。美雪にまたちょっかい出すならこれをネットに上げる。そうしたらお前らは一瞬として有名人になるわけだ。家に返って親に自慢していいよ」

「それ本気で言ってるの?」

真実味をどんどん感じたように、龍造寺の焦りもどんどん大きくなってきた。手下どもはすでに怖気付いたように戸惑いながら彼女の態度を伺っていた。

「もちろん本気だよ。何ならこの後すぐにでもアップしようか。明日のニュースは楽しみだね」

「チッ、正気じゃないわ。あなた達、行くわよ」

負け惜しみの一言を残し、龍造寺とその連れ達は去っていった。

彼女達を追っ払った後、僕は美雪の方へ向いた。彼女は怨みがましい目で僕を睥睨した。

「なんで来たの?余計な事はしないで」

低い声でそれ言った彼女は怒っているようにも見える。

「来てなかったらどうするつもり?」

彼女の制服は既にぼろぼろになって、髪も一房欠けて見るに堪えなかった。僕は自分のシャツを脱いで彼女に掛けた。髪の方はどうしようもないから、後で美容室へ行かなければならない。

脅しなんて荒療治は取りたくはなかったけど、これよりいい方法は考え出せないからこうするしかなかった。

「あなたが来なくてもどうにかしていたよ」

「これでか?」

彼女がここへ来てからポケットに気にしているように何度も手をかざしたが、それを見逃さなかった。僕は彼女のポケットからそれを強引に取り出した。

彼女が隠し持っていた物は、カッターナイフだった。

それを見せ付けられた美雪は下唇を噛み、何も反論してこなかった。

「こんな物使って、下手したら自分も怪我するよ。頼むから、あまり危険なことはしないで」

「別にいいじゃないか。あの人達が私を苦しみ続けるならこっちから痛め付けてやるのが手っ取り早いでしょ?大騒ぎになったらそれはそれで構わない」

彼女は何もかもどうでもいいように投げやりに言った。これまでの経験が彼女をそうさせたんだろう。

僕は彼女の手をそっと取って、昔みたいに優しい声を掛けた。

「そんなに自暴自棄にならないで。辛い事は沢山あっても、希望だけは捨てちゃだめだよ。自分を大切にしないと救いの手だって差し伸べ難いでしょ。僕は何時だって君の味方だよ。少し不甲斐ないかもしれないけど、本当に辛い時は僕を頼っていいんだよ」

「あなたは私の何を知っていると言うの?私はずっと絶望の中を生きてきたんだよ。希望なんて持っていてもどうせ叶わないし余計に苦しむだけ。あなたの側にいると、その馬鹿みたいなポジティブがうつりそうで怖かったよ。私の気も知らないでつけつけと踏み込んできて、少しでも気を許したらきっとお母さん達みたいにすぐどこかに消えてしまうわ。だからもうほっといて!」

ずっと秘めた思いが堰を切ったように、彼女はそう言った後、涙を堪えるようにその場を離れた。

彼女の言葉を噛み締めながら、僕は切ない気持ちを胸一杯にその姿を見送った。

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