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橋の彼方  作者: 千里空
深い闇へ
36/74

君にさよなら

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「何もないよ」

先程の体験を誰かに言う気分じゃない。それより、四人が何の用でここへ来たかのが気になる。

カイトはいつもと違って真面目な顔をしているし、後ろにいる二人は不気味な程真っ黒だし、変だとしか言い様がない。全身真っ黒に包まれたあの二人は白い仮面を付けている。仮面の下の色素の薄い肌で、遠くから見れば仮面はその肌と同化しているとしか思わないほど区別は付かなかった。仮面はよくあるような、横になった三日月のような口部に、丸い二つの穴の眼部で構成された。仮面の下の顔はなかった。穴から覗けた物は暗闇しかなかった。

こいつら本当に人間か?化物の何かではないだろうか?

そう思わずにはいられない。

そんな不気味な姿の二人に、カイトとサヤはちっとも怯えた態度も取らず、案外見た目ほど怖いものじゃないかもしれない。

「ここに何の用?」

仮面コンビは僕を一瞥して、カイトに顔を向けた。何か説明してほしいと身振りで表現しているようだ。

「これだけはその場面に立ち会える機会が訪れる場合に教えようと思った。さっき君の家に寄ったが見付からなかったからまたの機会にしようかなと思ったけど、ここに本人がいるとは」

「一体何のことだ?」

その時、カイトのやや後ろにいるサヤは僕の前に来て、彼女の懐中時計をポケットから取り出し、僕に差し出した。針はぴったりと12の数字に止まっていた。

「実はね、私がここを去る時が来たの」

不安や恐怖など感じない。彼女はいつも通り朗らかな笑みを見せてくれた。まるで心残りがなく、とても満足したようだ。

自分がここを去る時、彼女のように心から満たされた表情を見せるだろうか?今のままじゃ多分無理だろうな。

そんな彼女に対し、思わず劣等感を感じた。僕は欠けた物を見付けずに、ただ無為にここでの時間を費やしていくだろうか。同時に、知り合いの一人がここを去り、寂しさも感じた。

「もう君のパンを食べられないんだね。残念だよ」

「私のパンにそれ程気に入ったの?嬉しいわね」

「ああ。忘れないよ。君のことも」

サヤは軽く頭を横に振った。彼女はそっと僕の手に触れて優しくこう言った。

「忘れて構わないのよ。私は間もなくここを出るから。消えてしまう人を、いつまでも覚えていても仕方ないじゃない?あたなの旅はまだ始まったばかりだから、振り返るのはまだ早過ぎる。新しいものをどんどん試して、居場所を手に入れて、満足するまでここでの暮らしを堪能して。最後の時ぐらい、私のことを思い出せたらそれでいいさ」

「そうするよ」

俺は軽く頷いた。

「そろそろかな」

カイトと仮面コンビも前へ出て、サヤに目で合図をした。

左側の仮面男は幽霊みたいな白い手をサヤの前に差し出し、何かを求めているようだ。それを得心したように、サヤは自分の懐中時計を彼に渡した。そして彼はサヤの懐中時計を持って、厳かに橋の果てへ行き、川へ落とした。

懐中時計は音もなく川へ沈んで行き、それと同時に、眠りから覚めたように、回りの霧は急に動き出した。霧の嵐と表現すべきか、流れていた霧は全てを呑み込む勢いで目に見える物を覆い隠した。足元さえ見えなくなった。視界に入る物は近くにいる人達だけだ。

「さぁ、迷わず前へ」

仮面男のどっちからの声はよくわからない。サヤに言っているのは確かだ。

サヤは前へ出て、それからこっちへ振り返り、微笑みながら手を振った。俺達もそれに応えて手を振った。そして彼女の背中姿がどんどん小さくなって、最後に白い霧の中に消えるまで見詰めていた。

サヤが消えた後、しばらくして霧の嵐は止んだ。またいつも通り、穏やかな霧になった。

仮面コンビはまだ橋の果てで先を見詰めていた。まるで彼女の跡を、その空洞の目で追っているようだ。

誰かがここを去るというのが、こうもあっさり終わってしまうのかな。あまり実感はなかった。今でも座標さえ設定すれば、あのパン屋へ辿り着き、自慢げに自分の作ったパンを客に振舞う彼女に会える気がする。

しかしそれはもう叶わなかった。

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