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橋の彼方  作者: 千里空
深い闇へ
31/74

イジメ相談

一樹

お昼になると、僕は一人で生徒会室に向かった。最近は割とそちらで昼ご飯を済ませる方が多い。食べ終わったらついでにこつこつと溜まっていた書類に目を通す。

新学期の始めは部活の予算とか学校の催しに出す各クラスの出し物の申請とかで、仕事量はいつもの何倍になるので、こうやってこつこつ書類の山を消化していかないと、放課後になるとかなり時間が掛かってしまい、電車に乗る時間が遅れる。そうなる場合、家に帰るのは日が落ちた後になる。

「たまに思うけど、あんたは名門の後継ぐなのに、意外と普通だって」

話しかけてくれたのは斎藤(さいとう)光一(こういち)という男子だ。彼は最近僕がお昼に生徒会室に通い続けたことを耳にし、面白い半分で僕のお昼仲間に加わった。こうして僕が働いているにも関わらず、彼は何もせず、退屈そうに窓の外を見ていた。

「普通って何?てか、お前結局何しにきたんだ?手伝いもせずに」

部活の申請に判子を押しながら彼に文句を付けた。

「あんたの父親は確か国会議員だよね。日本政界の若き新星って、前にどっかの新聞に乗ってた。お前はもっと他の御曹司みたいに、毎日専属のドライバーに運んでもらえると思ったが、なのに毎日一時間もかけて電車通学なんて、そこら中の平民みたいに普通ってことさ」

僕の文句について一言も触れず、言いたいことだけ彼は言った。

「父親がどれだけ偉いかと関係なく、僕は平民そのものさ」

「変なやつだな。普通はもっとこう、世間知らずとかヒエラルキーに拘るとかになるんじゃない?」

「お前にだけは言われたくないね」

僕はともかく、斎藤光一という人は紛れもなく変人である。彼は自分が揶揄する御曹司そのものであったものの、ヒエラルキーのトップクラスでできた輪に酷く嫌悪しているようだ。今まで宴会に顔を合わせたことがなかった。本人曰く、次男に生まれて、ある程度の我儘を通せたから幸いだった。彼の趣味は友達作りだそうだ。もちろん大抵は普通の人達とだ。気さくで妙な親近感を持ったやつだから、友達も結構いるようだ。しかし、それよく思わない人間もいるようだ。なにせこんな学校だし。そんな彼だから、僕の数少ない本当の友人になれただろう。

「俺はお前と違うさ。金持ちの生活は嫌いじゃないし、むしろありがいとも思っている。連中が気に入らないのはその古い思想と腐敗した空気からだよ。だから次男という立場に甘んじているのだ」

「ならやはり僕は君の言っている普通とは無縁だね。君が毛嫌いしている物も真っ只中に僕はいるから」

「言ったろ?俺は思想と空気を気にしているんだ。お前にそういう腐った空気を感じない。どっちかというと俺の平民友達よりだ。だから普通って言った、いい意味的に」

「育った環境の影響かもしれないね」

「何?井野家って何か特殊的な教育方針でもあるの?」

俄然興味を湧いたように彼はこっちに視線を向けた。

「ないよ。父親が忙しくて構っていられないだけだよ」

本当のことは言うつもりはない。光達と過ごす時間は今でも僕の宝物であり、他人と共有するのは無理であった。きっと彼らと過ごす時間がなければ、僕も自分の運命に抗えず腐った連中の一員になったんだろう。

「そういうことにするよ」

光一は何か意味ありげに言った。

「というか、何普通に駄弁っているのよ、人が働いてる中に。暇なら相談箱を見て来いよ」

相談箱というのは僕が生徒会長になった際に作った物だ。生徒が学校生活において不便と思った所や悩みとか、そういうのを集めて、何か改善策を生徒会で議論して積極的取り組んでいく。個人的な相談もできるし、匿名希望の学生の相談は放送部に生徒会の意见を流してもらう。

「わかった、わかった」

軽くあしらってから光一はのろのろと窓辺から離れ、建物の裏のおいてあった相談箱を確認してきた。しばらくして、彼は三枚手紙持ってきた。

「三件の内に恋愛相談が二件、それは置いといて、一件はお助け要求。これは……イジメ絡みだね」

「またイジメか」

その三文字聞いて眉間がしわ寄せてきた。

こんな優等生と金持ちだらけの学校で、一方は大人しい子、一方は教養重視の金持ちの子供達、イジメなどは少ないはずと思っている方もいるでしょう。しかし、人が集れば必ず優劣を作る。弱肉強食が暗黙なルールな世界で劣る一方は自然的にストレスの捌け口となる。「お金」が分かりやすく人区別し、絶対的な物差しの社会においては、この学校はある意味イジメの揺りかごであるといってもいい。ヒエラルキー意識の高い「貴族」達は優待生を貧乏人扱いするのが常であり、成績の優劣でまた区別を作る。そんな中に、特に大人しい子、どこの輪にも入らない子は恰好な餌食になる。

それをどうにかしたい思いで、相談箱を作った。一方、風紀委員の増員も行った。各クラス委員にも声をかけていた。ある程度はイジメを減らしたと思うけれど、無くすことはできなかった。ちょくちょく相談箱にイジメ関連の手紙が来るのが証拠だった。

イジメに関しては、光一は僕に賛同してくれた。彼は彼なりのやり方で通していた。この学校に彼はかなり顔が効くから、弾き出された者を自分の作った輪に加えればいじめたやつも簡単に手を出さない。正直僕よりスマートなやり方だ。真似はできないけど。

でも所詮僕らのやっていることはほんの一部の被害者しか助けていなかった。根源たる差別意識をどうにかできない限り、イジメは消えたりしない。人間社会に巣くう病巣に、たった二人の努力ぐらいでどうにかできるわけがない。

それでもやれることやって、目の前の人を助けるのに精一杯努力する。それがお互いのコンセンサスだ。

「でも、変だね。この手紙」

光一はその内容を読みながら懸念した。

「どういう内容?」

「差し出し人の名前はないし、加害者の名前もない。あるのは一言だけだ」

そう言いながら、光一はその手紙を僕に差し出した。

キレイな字で一言書いてあった:

「狙われているから、助けて」

「何か大変な状態で、このような形しか伝えられないだろうか」

「考え過ぎだろう。悪戯と思わない?」

「こんな悪戯して誰が得する?」

「さぁね。俺とお前への当て付けになるんじゃない?悪戯なんて大抵つらないものだよ」

「何をともあれ、これだけじゃあどうにもならないね」

仕事に一段落して、僕は椅子の背中を預けて少し目を休ませた。イジメの件についてゆっくり考え始める。

「ほっておくか」

「取り合えず注意した方がいいな。君の回りにも声をかけてみて。運がよければ見付かるかもしれない」

「それしかできることはないってことね」

いつも呑気な光一でも、この際は苦笑いしかできなかった。

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