森
K
ここへ来てどれぐらい経ったんだろう。この霧もそろそろ慣れてきた。どんなに奇特な景色でも、四六時中見ているとその内馴染みが出て、日常化するというわけだ。
この世界に境目という物がある。境目の先へ行くことはできないらしい。川辺の歩道はその境目の一つらしい。だからあの時俺がいくら歩いてもループし続けた。
そして今の俺達はもう一つの境目に向かっている途中だった。
町外れの森は例の如く霧に覆われ、近付かなかれば木々の影すら見えなかった。カイトによると、その森ごと境目になっているから、座標を持っていない人が入れば永遠に出られないそうだ。そんな不気味な場所に、好き好んで住んでいる人がいると聞いている。その話を聞いて少し気になってはいたが、どんな人なのかは教えてくれなかった。
「これから直接会いに行くといいさ」
カイトは勿体ぶって笑いながらそう言った。
そして俺達は森へ行くことになった。
町を出る途端、石畳の地面がなくなり、代わりに硬い土になった。しばらく歩くと森の気配がした。森自体は霧に包まれ、樹冠は霧の中で見え隠れしているように、真っ白なキャンバスに灰色の染みが浮かんでは消えるようなイメージだった。町より生き物の気配がするせいか、その膨大な存在感は肌を通じて感じ取れた。
森に足を踏み入れる途端、地面の感じもまた変わってきた。じめじめした黒い土は踏み付ける度ねばねばした感触と共に変な音が発生する。歩くのに大変気味が悪く、鳥肌が立った。木々の姿は霧のせいで一部しか見えないので、辺りを見渡せば黒い柱がずらりと聳えているように見えた。まるで超古代文明の遺跡みたいに、訳の分からない祭儀場に立たされた気分だった。
ぺっとりした嫌な感じをどこかに置き去りにしたいから、カイトに話を振った。
「ここって本当に出口がないのかい?」
「さぁね。少なくとも俺はそんな物は知らなかった」
「まるで箱庭みたいだね」
「その考えはあながち間違いじゃないよ。ここは死後の世界だと考えている人もいれば、宇宙人が意図して作った箱庭だと考える人もいる」
「俺達は差し詰め皆実験動物ってわけか」
「そもそも、人間は世界を正しく認識することはできるだろうか。自分の見てきた物に基付いて世界を想像することはできるが、世界の真の姿は想像通りとは限らないでしょ」
「なんか哲学の分野に突っ込んでしまったね。でもまぁ、お前の言っていることは正しいと思うよ。俺ら人間にとって、世界はあまりにも広い。それを把握しようとは、ちっぽけな人間の驕りなのかもしれない」
「だから慣れるのが大事だと言ったじゃないか。この世界の正体なんざ大それたことより、自分の居場所を見付けるのが余程意味のあることだよ」
「意味ね。俺達がここに居る意味とは何だろう」
「もちろん、幸せのためだよ」
カイトは一点の曇りもない答えをくれた。
「幸せ?」
サヤの笑顔が頭の中を過ぎった。あの後、ちょくちょく彼女の所へ行くようになった。パンを食べに行くというより、彼女の笑顔を見に行くようなもんだ。
「ここへ来てから何人かを送り出したけど、皆去る際満足した顔だった。その時思うのだ、皆自覚あるなしに関係なく、ここで自分の幸せを見付けたから、最後にあんな顔をしていられるのだ」
「そうか」
経験したことないので、いまいち分からない。サヤみたいに、好きなことさえ見付ければ、幸せと言えるだろうか。
「こうやって俺を連れ回すことは、お前にとっての幸せなのか」
「それは……」
カイトは一旦足を止めてその質問について真剣に考えるふりをした。
「好きでやっていることは確かだが、幸せかって聞かれると微妙だね」
「なんだ。結局お前も訳わからないか」
カイトははにかんだような笑顔で誤魔化した。
程なくして、回りの柱は忽然姿を消し、開けた場所に出たそうだ。視線の先に丸太でできているログハウスが現れた。
「着いたぞ」
その小屋を見てカイトは言った。どうやら目的地はあそこらしい。




