サヤ
K
注文の品をテーブルの上に置いてからサヤは隣に腰掛けた。彼女はトレイを膝の上に置き、感想を期待しているような眼差しでこっちの反応を伺っている。
カイトはさっそくクリームパンを手に取って、一口囓った。
「サヤのパンは最高だよ。君も食べてみな」
一口食べてみたが、あながちカイトの言い過ぎではないと思った。柔らかな口触り、甘さの加減もちょうどよくて美味しかった。確かに、これはいける。
「どう?」
自慢そうにカイトは聞いた。
「言った通り、毎日食べたいくらい美味しかった」
「大げさだよ。そんなに食べたらきっと飽きるわ」
褒められるのに弱そうで、サヤは少し恥ずかしそうに言った。
「まぁ、クリームパンしかないわけじゃないし、早々に飽きることはないだろう」とカイトは言った。
「それは良かった。作り甲斐があるというわけだね」
そう言って、サヤは幸せそうに微笑んでいた。
先程カイトの言っていたことを思い出した。彼女は好きな物ができたから、こんなに幸せそうに笑えるだろう。
バカな質問だと分かっていても、俺には問わずにはいられなかった。
「サヤは今を幸せだと思っているのかい?」
「ええ」とサヤは頷いた。
「でも移り変わりのない、ただパン作りを繰り返す生活は退屈しないの?」
「本当に好きな物はそう簡単に飽きることはないよ」
「そうなのか」
好きな物がまだ出来ていない俺には共感しがたい話だが、それでも彼女の生き方は参考になった。
「初めの頃は誰しも不安や戸惑いを感じるわ。急にこんな滅茶苦茶な世界に放り込まれて、しかも何も覚えていなかったし、すぐ現実を受け入れる方が無理だ。それに、生きるための働きややるべきことなんて存在しないというのは都合が良すぎるのよ。そのせいで自分を見失いやすいから、返って毒になるかもしれないね。自分を落ち着かせるためにも、何かやることを探し始める。それで色々試して、いつか自分のしたいこと、やるべきことを見付け出して、その後はそれに専念すればいいね」
「とは言っても、見付ける保証はないね」
「取り合えず、私のパンが気に入ったらまたここに来るといいよ。それをK君のやることの一つにしたらどうだ?」
「なるほど」
俺は呆然と俺らを囲んでいた霧を見上げた。やはり不安という気持ちは感じている。多分、好きな物ができるまでは、この気持ちは消えないだろう。




