課外授業
一樹
あの日、外で遊び回ってから家に帰った僕達は玄関で祖母に出くわした。祖母は嫌悪まじりの冷たい目で僕達を見るきり、無言で去っていった。
僕達のことを母に告げたかどうかは分からいが、夕食の時、母は能面のような顔をしていた。いつものことでもあるから、僕はあまり気にしていなかった。
珍しいことを、その日の夕方、父が屋敷に帰ってきた。
例のように、夕食の後、僕は父の部屋に呼び出された。いつも通り事務的な口調で父のつまらない問いかけに答えた。
「来週から家庭教師が来る予定だ。放課後はすぐ家に帰るように」
「はい」
何故とか何の授業とかについて一切聞かなかった。知ったところで、何かできるわけではないのだ。大人の言うことは従順に従うだけ、それ以外の疑問や行動は不要――そう植え付けられてきたから、心の中は嫌でも表に出すわけにはいかないのだ。
そしていわゆる英才教育は始まった。
初めての授業は英会話だった。発音の矯正と会話を中心とした授業だった。先生は三十代のイギリス人で、アイバーソンという名前だった。アイバーソンの日本語は外国人と思わないくらいとても上手だった。それ以外、彼はスペイン語、ドイツ語、フランス語やロシア語など計九つの言葉を習得しているという。
月曜から水曜はアイバーソンが担当する英会話の授業、木曜、金曜はもう一人の先生が担当する世界各国の政治や歴史の授業、そして週末はピアノ教室に通う。
今まで過ごしてきた日々がいかに呑気な物かに気付かされた。そういう日々とはもうおさらばだと告げるように、今や一週間のスケジュールはぎっしりと詰まっていた。
そのおかげで、美雪と一緒にいられる時間は通学路を歩いている時だけになった。せっかく縮まった距離はまた元通りに戻ったような気がした。
正直かなり気が滅入った。押し付けられた厳しいスケジュールにはまだ慣れていないせいか、とても疲れた。何より心の余裕がなくなり、ストレスが溜まる一方だった。
それでも、美雪を諦めるつもりはなかった。
「最近、料理の勉強はどうだった?」
いつもの帰り道で、僕がそれを切り出した。
「いくつ簡単なのが作れるようになった」
と美雪は淡々に答えた。
「そっか。いつになったら美雪の作った料理を食べられるかな」
「そう遠くないじゃないかしら。閑子婆さん、もうすぐ定年だし」
「そうね」
閑子婆さんの話題が出たら、急に寂しくなった。彼女はかなり長い間うちに仕えてきて、色々お世話になった。何より彼女は数少ない美雪に優しくしてくれる人だから、とても別れてほしくないのだ。お別れになったら、もう二度と会えないような気がしてならなかった。
残念がっているのはきっと僕だけじゃないと思うが、それを口にして彼女を引き止める人はいないだろう。
三十五歳くらいで娘を産んだ彼女は間もなく夫と離婚し、一人で一生懸命娘を育ててきたそうだ。娘がまだ赤ちゃんの頃はよく娘を背負いながら仕事をし、娘の学費のために家政婦の他にバイトもやってきたという。そうやって色々苦労して、ついに娘が大学を出て、いい仕事を見付け、それで彼女は晴れて親の務めから解放された。定年になったらゆっくりと休んで、残りの人生をいっぱい楽しんでほしいと、娘はそう考えていたらしい。
結局、その話題でばつが悪そうになって、その後は誰も口を効かなかった。




