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橋の彼方  作者: 千里空
霧の向こう側
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目覚め

???

ここはどこだろう?

それは最初の疑問だった。

白く濃い霧の中で立ち尽くしていた俺は起動したばかり機械のように、脳内に仕込まれたプログラムがゆっくりと動き出した。

続いて疑問の山が押し寄せてきた。

自分の名前は?どうしてここに?その前に、どこで何をやっていたっけ……

生まれたばかりの赤子のように、この世界や自分のことについて何一つ知らなかった。だが好奇心より迷いと不安の方が強かった。

世界は霧に埋め尽くされ、見える物は足元の石畳やごく近くにいるわずかの景色、それ以外の全ては霧の中に包まれていた。得体の知らない焦燥感に駆られ、とりあえず歩こうと腹を括った。

この道はどこに繋がるのは分からないが、とにかく前へ歩いて、違う景色を見付けてほしい。しばらくして、道はあっけなく中断した。

これは欠落した橋だった。

石畳の断面やこの先にある河川を見ると、そう確信した。流れが緩いせいか、鏡のように静かな水面が俺の顔を映し出していた。

水面に映ったその顔をじっくり見ていると、これが俺の顔か、と不思議そうに思った。目覚めてからはじめて直観的な自分の一面を知ることができた。

そこにあるのは、三十歳の男の顔だ。なぜ三十歳だと分かるだろう?それは年相応の顔の緩み具合とか、あるいは髭の生え方から推測したのではなく、ただその顔を見ると、何となく「ああ、これは三十歳の男の顔だな」と直感した。

水面は三、四メートルの下にあり、川の深さは知らないし、向こう岸がどこにあるのかも分からないから、そこに飛び降りるのを観念した。

ここは一体どこだろう。

立ち上がって、見渡す限り一面の白い霧を眺め、またそれを考えはじめた。

ここに留まっても何も分からないだろう。ここが欠落した橋の果てだというのなら、真逆の方へ行けば岸に着くだろう。

そう自分に言い聞かせて、踵を返し、再び歩き出した。

程なくして、川岸に着いた。幅2メートルくらいの石畳の道は歩道のようで、更に前へ歩けば20センチほどの段差がある大通りらしき物が現れた。歩道に戻り、右手にある石作りの欄干(らんかん)に近付き、そこから川を覗き込むと、さっき見たのと変わらぬ穏やかな川が目に入った。

とりあえずこの川伝いの歩道を歩いていこう。

早くとも遅くとも言えないスピードで歩き出し、用心深く周りを見回していた。

世界は依然としてとてつもなく濃い霧に覆われ、見える物はせいぜい足元の石畳や右手の欄干だけだ。その石畳は古い感じこそすれ、ひび割れ一つさえ見当たらないし、苔もついてないし、まるで丹念に手入れされていたように、経年劣化した感じはまったくしなかった。

仰いで空を見る。やはり真っ白だった。どこも等しく真っ白に染まって、光源の正体や在り処なんかもうやむやだった。ここに来てからもう随分時間が経ったはずなのに、光の移り変わりは感じなかったということは、この景色はずっとこのままで、昼や夜といった概念はここに存在しないかもしれないと俺は直感的にそう思った。

随分変わったところだな。思わずため息をついた。

もう相当歩いたのに、何一つ目新しいものは見付からなかった。今自分は歪んだ空間に放り出され、何メートル先の空間はさっき離れたところに繋がっていて、自分はその終わらないの輪を辿って繰り返してきたじゃないか、と本気にそう思い始めた。

とにかく、この世界の仕組みについて考えるだけ無駄だという結論に辿り着いた。それで、その考えを諦め、自分について考えることにした。

自分は誰だかさっぱりだ。記憶は空っぽで自分に関しての情報は一切得られないという点以外、俺の脳は普通に機能しているはずだ。なら今の俺は記憶喪失とでも言えるだろうか。

この異常極まりない世界に、俺はどんな道筋を辿ってやってきたんだろう。何のためにここにきた?そもそも俺は本当に外からやってきたのか?それともここに生まれ、世界とうまく噛み合わない出来損ない歯車の一つでしかなかったなのか?

そういった考えをしてしまったら頭がぐちゃぐちゃになった。俺は哲学者みたいに自分がどういう存在なのかを弁明することはできないから、自分についての思考をやめた。

次に取るべき行動について考えよう。ともあれ、ずっとここを彷徨うわけにはいかない。足と心両方とも休めるところを見付けないと。

足を止めた。右手の欄干が途切れていて、その先はどこに繋がっているように見える。しかし目を凝らすとそこはさっき目覚めた場所であった。

落胆の気持ちは意外と早く静まって、薄い無力感だけが残った。やり方を改めることにした。

「おや?見ない顔だね。新入り?」

歩道を離れ、大通りに向かおうとしていた矢先に、些か幼げな声が後ろから聞こえた。

幾分感動や驚きを抱えて、俺は振り返った。

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