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橋の彼方  作者: 千里空
神の子供たちはみな踊る
13/74

光③

日曜日、空気を読まないお天道様は気の効く演出をしてくれず、鬱陶しいほど晴れていた。

まだ時間があるから、僕は部屋に立ち尽くし、今まで共に過ごしてきた仲間達を眺めていた。

今まで付き合ってくれたこれらの本は色んな物を教えてくれた。最初は退屈凌ぎだったか、次第に本が見せる世界に惹かれて、進んで読むようになった。本の中の様々な人生を擬似経験して、叶わなくとも夢想した――僕は「僕」としてではなく、「僕」以外の者として生きていきたいんだ。それは現実逃避であり、自らの全てを否定することでもあると分かっていてなお、僕はそう願った。

だから「橋の彼方」なんかに憧れを抱いているんだろう。そこは桃源郷である必要はない。ただ現実世界と違う風景が広がり、元の自分とは違う誰かになれればいい。

それは「橋の彼方」が僕にもたらす意味だ。他の皆はどういう答えを出すかは分からいないけど。

自分の本は持っていっていいよと告げられたか、そうする気はなかった。引越し先がここほど広くないのもあるし、あまり意味のないことだと思った。ここに置いておけば妹達に読む機会だってあるかもしれない。その方が余程有意義だと思う。

午前十一時頃、この家を出るところだった。荷物は大方業者に運送してもらった。残り少ない荷物と僕ら親子三人は和彦おじさんが車出して運んでくれる。

お別れに来たのは美雪と一樹だけだった。当然と言えば当然だろう。奥さんや大奥さんは元々素っ気ない人だし、政道さんは朝早くから出ていった。むしろそいつらがいない方が気楽だった。大切な人達と別れる場面に嫌なやつがいたら機嫌が悪くなるだけだ。

美雪は口を噤んだままだった。ここ数日は口数がやけに少なくなった。赤く腫れている目は沢山泣いた跡だろう。

一樹も重い顔をしていた。美雪を支えようと気丈に振舞ってきたが、お別れの場では流石に辛いのが隠し切れなかった。

そんな二人をお母さんは優しく抱き寄せた。

「大丈夫。お母さんは必ず迎えにくるから」

美雪に力強い言葉を言い、それから彼女の額にキスをした。

「一樹、私との約束、守ってね」

一樹には優しい一言。そして、彼の額にもキスをした。

「また会えるよね?」

不安そうに一樹が聞いた。

「ええ。家族揃って一緒に暮らす日はきっとくるわ。それまでちょっと我慢してね」

「そろそろ出発だぞ」

傍らで見守っていた和彦おじさんが時間を確認してからそう言った。

「一樹、美雪、しっかりしなさいね。きっとまた会えるから」

晶は悲しさを我慢して、努めて明るく振舞ってそう言ったが、声が震えていて、目尻の涙も隠し切れていなかった。

言葉の代わりに、僕はただ二人に向かって頭を軽く縦に振った。

「うん。またね」

一樹は涙を我慢しながら微笑みを見せようとしていたが、結局変な顔になった。

終わりを告げるように、車のドアが閉めた途端、音といい、空気といい、外に繋がる何もかもがまるで切断されたようだった。小さな箱に閉じ込め、世界から隔絶されたように、「運命」という流れは僕らをどこまで運ぶだろうか。

車に乗ってから、まとまらない思考が流れていく風景と共に延々と繰り返していた。色んな気持ちがごちゃ混ぜになって、上手く吐き出せなかったせいか、ずっと上の空だった。

突然の騒ぎで我に返った。和彦おじさんは何か苛立っていて、しきりにクラクションを鳴らしていた。前を見ると、真っ向にトラックが怪しい動きでこちらへ突っ込んで来るように見えた。トラックの方は止まる気も転向する気もなく真っ直ぐぶつかってきた。

それは一瞬のことだった。激しし衝撃と回転に見舞われ、体中が痛み出し、目も回ってきた。

ぶつかった車は勢いを殺せず、そのまま柵を突き破り、崖へ飛び出した。

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