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橋の彼方  作者: 千里空
神の子供たちはみな踊る
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一樹③

照り付ける太陽の下で、彼此(かれこれ)二時間あの場所に座っていた。体中の水が蒸発し切ったように乾きを覚え、そろそろ頭も痛くなってきた。

向こうは緑に覆い尽くされた小さな島だった。平地から丘までもの高い木々に占拠されていた。木々以外の物は果たしてあの島にはあるのか。虫や鳥くらいはあるだろうと思うけど、それ以外、予想を上回る物が存在するとは思わない。

なぜ彼らはそこまで憧れていたのかは謎だ。

「橋の彼方」をあの島に当て嵌るにはなんとなく理解できた。かつて誰かが「そこに山があるから」と言ったように、そこに橋(らしき物)があるから。そうだとしてもあそこは大層たいそう面白い場所とは到底思わない。実在した物以外の物に意味を求めているんだろうか。スピリット的な物であらば僕が理解できないのが当然だと思う。だってそれは共感を持つ者、あるいは経験者のみが語られる物だったから。

きらきらした水面を眺めて、思考が堂々巡りしていた。

ここへ来るのが美雪の提案だった。何故かは聞かなかった。あれ以来ずっと曇った顔のままの彼女を放ってなくて、なるべく彼女の側にいようと僕は決めた。

たった一人井野家に取り残されたという事実が余程ショックだったんだろう。どういった言葉で彼女の不安を取り除けるだろう。きっとそんな都合のいい言葉が存在しない。彼女に寄り添って、僕が味方だよという証明をするしかなかった。

彼女を守る。それは静流さんと交わした約束だから。

あれは昨晩のことだった。就寝前の時間なのに静流さんのアトリエに呼び出された。

部屋へ入った途端違和感を覚えた――部屋はきれいに片付けられていた。いつも散らばっていた下書きがなくなり、久し振りに色褪せた畳が姿を現した。見たこともないダーンボールが部屋の隅で詰まっていて、本棚も空になった。あの不思議の絵もどこかにしまったようで、見えなかった。

ここの空気が一層薄くなったような気がした。元々静流さんはどこか儚げなイメージだったから、ここにいた痕跡がなくなると、彼女の存在が幻じゃないかなと現実を疑いかねない。

「一樹、おいで」

いつものように、穏やかな声で僕を呼んで両手を広げて優しく僕を懐に迎え入れた。

彼女に抱き着き、温もりを感じて僕は安心する。この家で甘えてくれるのが静流さんだけだった。彼女に抱き締められると僕は嫌なことを一時忘れて、心が満たされる。

それが最後かもしれないと思うと、悲しくなるのが抑え切れなかった。

その日あった事を彼女に報告したあと、今度は引越しの話を聞かされた。美雪だけが、何故かうちに預かっておくとこになっていた。

「なんで急に?ずっとここにいたんじゃないか」

静流さんはやや困った表情を見せながら、それでも根気よく僕を諭した。

「ずっとこの家に居候していたからだよ。いつまでも迷惑をかけるわけにはいかないでしょ?」

「迷惑なんかじゃない。静流さんはとてもいい人だし、和彦おじさんの仕事の助けもなっているんでしょ。なんて今更出て行くんだよぉ」

「そういうのが大人の事情だから。今は分からなくいいの」

「他の皆は納得しているか?」

「納得かどうかでどうにかできることじゃないよ。決められた事を受け入れるしかできないのよ、私も、あなた達も」

僕は俯きになった。多分父親のせいだと思う。こんな時ほど自分の生まれを呪わずにいられなかった。

「ねぇ、一つお願いがあるの。聞いてくれる?」

うんと頷いて、「なんでもするよ」と僕は答えた。

静流さんは安心したような笑顔を見せてくれた。

「暫くの間、美雪はこの家に預かることになるから、あの子が気が弱くて心配なの。私が迎えにくる前に、彼女を守ってあげて。兄妹のように支え合ってほしいの」

「約束するよ。僕、美雪を絶対に守るから」

「いい子ね」

そう言って彼女は優しく僕の頬を撫でた。彼女の顔に一筋の涙が流れていて、その笑みの裏には悲しみがいっぱい埋まっているだろう。

それから、静流さんは身に付けていたペンダントを外して、僕に付けてくれた。

「これは私の母がくれたお守り。あなたにあげる」

「僕にくれていいの?」

それは紛れもなく大切な物のはずだ。それを美雪じゃなく僕にくれるのが、少々迷ってしまう。

「形見といってね。誰かが身に付けた物を見ると、その人が側にいるような気がするって話があるの。私のことも、約束のことも、忘れないようにね」

「忘れないよ、約束も、静流さんのことも」

「ありがとう」

そして再び僕を抱き締めた。

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