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「勇気」

ほたるに似た人

作者: 六福亭(鹿西ひかり)


 夏休みだ!

 思いっきり遊べる夏がやってきた!


 山のふもとの小さな中学校は、7月20日に終業式をした。通信簿も渡したし、授業は終わりだ。部活動も、夏休みの間は週に2回くらいしかない。楽しい予定が目白押しだ。夜通しおしゃべりするキャンプ合宿、川遊び、遊園地!


 中学2年生の美保には、もう1つ楽しみがある。それは……夏休みにだけ、会える人がいることだ。


「美保ちゃーん!」

 バス亭まで迎えにきた美保に、今し方バスから降りたばかりの女の子が手を振った。

「優奈ちゃん!」

 優奈と呼ばれた女の子は、美保と同い年の、可愛い女の子だ。おしゃれなノースリーブのピンクのワンピースに、白い帽子がよく似合っていた。大きなスーツケースとリュックサックを重そうに抱えている。

 そして優奈の後ろに、背の高い少年がいる。美保や優奈の2つ年上で、名前を恭平という。

「優奈ちゃん、ようこそ。恭平くんも……ようこそ」

 美保は顔を赤らめて、2人に言った。優奈が大きくうなずき、恭平も微笑んだ。

「一週間よろしく、美保ちゃん」


 恭平と優奈は、毎年7月に美保の家に遊びにくる。彼らの父親が美保の両親の学友で、昔から家族ぐるみのおつきあいをしているのだ。7月末は彼らの父親が一番忙しい時期だから、1週間だけ美保の家で兄妹を預かる約束になっている。

 

 美保はその1週間が毎年楽しみで仕方がなかった。優奈と遊ぶのはとても楽しかったし、2人が来ると美保の家族は機嫌がよくなった。それに、夏の楽しいイベントはその1週間にぎゅっと詰まっているみたいだった。すいか割り、川遊びに、花火、飯ごう炊飯、虫捕り。肝試しをした時もあった。美保の友だちも、優奈たちのことはよく知っていて、仲良しだった。


 美保の父親が2人の荷物を車に積んでいる間、美保は恭平のそばにさりげなく近づいた。

 恭平がにっこり笑う。

「1年ぶり、美保ちゃん」

「う、うん……久しぶり」

「背、伸びたね」

「あは……そうかな」

 恭平のことは幼稚園の頃から知っている(年に1回しか会えないけど)。だけど、最近、恭平と喋ると変な気持ちになる。嬉しいのに、不安でどきどきするような。ずっと会話を続けたいような、早く終わらせたいような。

「美保ちゃん?」

 いつの間にか黙ってしまっていたらしい。恭平くんは不思議そうな顔で美保を待っている。

 父親と優奈が2人を呼んだ。美保は慌てて、恭平と早足で追いついた。


 その夜はご馳走だった。家の大人たちはビールをがぶがぶ飲んで、楽しそうに昔の話をしていた。いつもはお酒に厳しいお母さんも、陽気に笑っている。美保たちはジュースだけど、いつも自販機で買って飲む時よりずっと美味しかった。

 恭平は、近所の中学生たちに囲まれている。たまに美保と目が合うけれど、そのたびに美保の方から慌てて目を逸らしてしまう。

「恭平、優奈、今日はほたるを見にいかないか」

 美保の父親がそう言った。

「ほたるがいるの?」

 優奈だけでなく、地元に住んでいるはずの中学生たちまで驚きの声を上げた。今まで、ほたるを見たことはなかったからだ。

「昔はなあ、きれいな水辺にはわんさかほたるがいたんだぞ。そりゃあもう、星空が落っこちてきたような見事な景色でなあ……」

「今もいるんですか」

 恭平が目を丸くして尋ねた。

「多分、どっかにいるはずだ。でも、見つけるなら急がないとな。ほたるは寿命が短いんだぞ。1週間かそこらしか光っていないんだ」

「へえ……」

 ほたるか。美保も、1,2回しか見たことはない。それも、父親の言うような星空みたいなものじゃなく、草むらの中にほんのちっぽけな光が見えただけだ。

 今ぐらいの時期に、1週間くらいしかいないなんて、恭平や優奈みたいだ。ほたるを探すより、この2人と遊ぶ方がよっぽど楽しい。

 そう思った時、恭平が美保の方をじっと見ていたことに気づいた。なんだか力が溢れてくる気がして、美保はわざと大げさに箸を動かした。


 1週間は毎日楽しかったけど、あっという間だった。最終日の7月31日の夜は、皆でトランプ大会の後、花火をした。近所のおっちゃんがネズミ花火や打ち上げ花火を持ってきていた。花火を振り回す馬鹿がいて、それから逃げ回るのが無性に楽しかった。

 美保が線香花火に火をつけて、静かに火の玉が膨らむのを待っていると、誰かが近づいてきた。

「美保ちゃん」

 恭平だ。美保は慌てて立ち上がろうとして、花火を落としてしまった。

「あ、ごめんね」

「ううん、いいの」

 恭平は花火を持っていなかった。代わりに、懐中電灯を持っていた。花火よりは風情がないけど、頼もしい明かりだ。

「恭平くん、もう帰っちゃうんだね」

「うん」

 恭平がうなずいた。ちょっと元気がないみたいだった。

「寂しいな」

「俺も」

 恭平の一人称が「俺」だったことに、美保はちょっと驚いた。いつも物静かで、あまり自分の話をしない恭平だが、皆の前では「僕」を使っていたはずだった。

「美保ちゃん、ちょっと付き合って」 

「いいよ。どこ行くの?」

「ほたる探し」

 美保はどきっとした。初日に父親が提案したほたる探しは、大人が皆酔いつぶれてしまったせいでうやむやになったのだ。

「ほたるなんてもういないかもしれないよ」

「いるかいないか、見てみないと分からないじゃないか」

 そう言って恭平は歩き出した。美保も思わずその後をついていく。

「どこらへんにいると思う?」

「きれいな水があるところ」

「川とか?」

「うん」

 川なら、昼間魚釣りに行ったから、2人とも道順は知っていた。だけど、夜山の中を歩くのは、ちょっと訳が違うと思う。


 美保が足を止めると、恭平も立ち止まって振り向いた。

「怖い?」

「んー……」

 ためらう美保は、あることが気になった。

「うちらがほたる探しに行くこと、他に誰か知ってる?」

 恭平はちょっと考えてから、微笑んだ。

「誰も知らない」

 それを聞いた時に美保がやっぱりやめた方がいいんじゃないかと思うのは__自然なことではないだろうか?


 だけど、恭平が右手を差し出す。

「どうする? 行く? やめる?」

 試されている__美保の胸の動悸が激しくなった。正直、慣れた道でも、2人きりは怖い。後でどれくらい叱られるか知れないし、獣に出くわすのも怖い。ここで皆のところに戻ったら、いつもと同じ。恭平は優奈と一緒に、遠くの街に帰ってしまう。だけど、今……

「行く」

 恭平と一緒にほたるを見つけたら、何かが変わる。そんな確信があった!


 川へたどり着いたけど、懐中電灯を消しても、ほたるは見つけられなかった。やっぱり父親のほら話だ。

 しばらく辺りを見回して、美保は溜息をついた。

「いないね、ほたる」

「うん」

 恭平もきょろきょろしていたが、やがて「あ」と声を漏らした。

「いた?」

「ううん。でも……」

 恭平が指さしたのは、星いっぱいの夜空だった。

「明かりがないから、すごくきれいに星が見えるね」

 美保は答えなかった。彼女も、星の多さに圧倒されていたからだ。

 恭平が川原に寝転がった。つられて美保も横になる。丸い星空が、どこまでもよく見える。

「後で、怒られるね」

 恭平が言った。美保は顔をしかめる。

「……でも、勇気を出して、美保ちゃんを誘って良かった」

 恭平は空に顔を向けたまま、美保に言った。

「こんな景色を好きな子と見ること、もう二度とないと思う」

 美保は黙ってうなずいた。……それから、今の言葉の意味に気がつき、ぱっと身を起こした。

「い、今、なんて?」

 恭平は穏やかに答える。

「美保ちゃんを好きな子だって言ったよ」

「えええええーっ……!」

 涼しい夜の野外なのに、体が熱くなってきた。

「皆には、内緒だよ」

「う、うん!」

 美保は恭平に促され、また仰向けに寝転んだ。

「わ、わたしの、どこが……」

「内緒」

 恭平はくすりと笑う。

「おじさんの話を聞いた時、ほたるって美保ちゃんみたいだなって思った。だけど、1週間でお別れするなんてつまらないよ。だから、……自分の気持ちを伝えておきたくって」

「わたしも」

 美保は泣きそうになりながら言う。

「わたしも、恭平くんのこと、ほたるみたいだって思ってた」

恭平がこっちを見た。

「ほんと?」

「でもわたしだって、1週間だけじゃなくて、ずっと恭平くんと一緒にいたい」

「俺も」

 2人は顔を見合わせた。それから、どちらからともなく、手をつないだ。

「高校卒業したら、こっちで就職しようと思ってる。まだまだ先の話だけどね」

「そしたら、毎日でも恭平くんと会える?」

「うん」

 楽しみだな。美保は呟いた。美保が恭平の地元に行くのもいいかもしれない。そんな楽しい想像を、2人で膨らませていた。

 どれだけ待っていても、ほたるはとうとう現れなかった。だけど、2人は別にそれでも良かったのだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ良かったです。 とにかく描写も一つずつ丁寧で分かりやすかったです。 [気になる点] なし。 [一言] とても憧れました。 これからも小説を書くのを頑張ってください!
[良い点] 胸がきゅんとする素敵なお話でした。 二人でほたるを探しに行こうと誘い、想いをさりげなく告げる恭平君がすごくかっこよかったです。 読ませていただき、ありがとうございました!
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