12日目:栗栗モンブラン
にゃっにゃっうーにゃっ。
リアルで12時くらいから昼休みをはさみ、少し仮眠を取って午後4時。夕飯前に少しだけ再接続した僕がアナトラ世界で目覚めると、お腹の上でテトが上機嫌でそんな歌を歌っていた。
僕以外にはただにゃあにゃあ鳴いてるだけに聞こえるだろうけど、契約主である僕に聞こえる副音声は、「くーり、くーりモーンブラーン♪」だ。ログアウト前にギルドのフリースペースで食べたヴェダルさんのモンブランが相当気に入ったっぽい。
わかるよ、ヴェダルさんのモンブランめっちゃ美味しかった。甘いものそこまで好きじゃないイオくんですら、目を輝かせていたからね。シャーベットはしろいのとかきいろいのとか言ってたのに、モンブランはすぐに名前を覚えたところからもお気に入り具合がうかがえるね。
でもなんでずっと歌ってるんですかね。もっと食べたいというアピールかな?
「おはようテト。元気?」
ナツだー、おはよー。げんきー!
「モンブラン気に入ったの? 歌ってるけど」
おいしいののうたー!
「美味しかったんだねー。また食べよう」
おいしかったー。またたべたい。
やっぱりめっちゃ気に入ってるねテト。食べた時美味しさのあまりふるふるしてたもんなあ。この世界、ケーキは基本喫茶店やレストランでしか売ってないみたいだし、次からモンブランがあったら買いだめしておこう。
「おう、起きたか。朝飯出すぞ」
「おはようイオくん。テトがモンブランの歌を歌ってたよ」
「何だそれ聞きたい」
けらけら笑うイオくんと一緒にフリースペースへ移動して、おにぎりとお味噌汁をいただく。今回のログイン時間でやることは、前のログアウト前にちゃんと決めておいた。1時間か、長くても2時間ログインしたら夕飯休憩に入って、夜8時くらいからまた再接続になる予定だから、今回はクエストを拾ったり進めたりしない。
ずばり、美味しい珈琲豆を探す日にするのだ!
まあ探すのはイオくんだけど。
だって僕、珈琲豆の良し悪しなんてわかんないし。
イオくんがイチヤで買った豆、最初だからって少量しか買ってないからもう少しでなくなっちゃうらしいんだよね。その前に補充したいっていうのと、あとできればランチを気軽に食べられる行きつけの店を見つけようって感じかな。一応サンガは結構歩き回ってるけど、気になるけどまだ入ってない店がたくさんあるからね。
「水辺通りがやっぱり狙い目だよねー。オムライス専門店とかあったじゃん?」
「理想を言うなら陽だまりの猫亭みたいな、色んなジャンルの料理出す店がいいんだよな。同じジャンルだけだと飽きる」
「そうすると定食屋さん系かあ」
「憩いの広場でもいいんだけどな。やっぱり店で食いたい」
「それなー」
屋台の雰囲気も好きだし、あそこも美味しいものたくさんあるのは分かってるけど、食事はちゃんと店で座って食べたいんだよね。屋台はたまに行くからもっと美味しいってのもある。
ナツー、あまいのもー。
「テトの甘いのも探すよー」
わーい!
「あ、その前にテト、今日の分の魔力補充しよう!」
はーい。
というわけで、僕は魔力をテトにぶわーっと渡す。MPポーションを1本消費してこれ以上無理なところまでぎゅぎゅーっと魔力を詰めると、テトは「んにゃー!」と気合いの入った鳴き声とともにぐぐーっと伸びをして、またぽんっと大きくなった。
「おお、大型犬サイズ」
昔おじいちゃんの家で飼ってたハスキー犬の大きさだ!
毛長でボリュームのある白猫さんだから、この大きさになるとなかなか迫力がある。もっふもふだから実際より大きく見えるかも?
おっきくなったー!
と報告してくるテトを「大きくなってえらい!」と撫で回すと……この手触り、ちょっと控えめに言って最高ですね……。上機嫌でゴロゴロ喉を鳴らすテト、僕が乗れるようになるまでもう少しかな? イオくんはじっくりテトの大きさを観察し、
「この大きさだと抱えられないから自分で歩けよ」
と冷静なことを言っていた。
テトはちょっとショックを受けたみたいな顔してたけど、あるけるもん! と逆に奮起していたのでよし。むしろイオくんが抱えられなくなって若干残念そう。
くーり、くーり、モーンブラーン♪
……さて、ギルドを出て珈琲探しに出かけた僕たちなんだけど、テトが上機嫌で歌い続けるのでちょっと腹筋が鍛えられている。この愉快な歌聞けるの僕だけなの、とっても損した気分になります。
このゲーム動画撮影機能あったっけ?
と思って探したところ、本サービス開始から使えるようになるらしい。あとでまた歌ってもらうしかないね。
歩きながらテトが僕の足元に擦りついて絡むので大変歩きづらいんだけど、小さい時よりも踏んじゃう心配をしなくていいのでそこは楽になった。
さて、そんな中で僕たちがどこへ向かうかと言うと。
ずばり、問屋通り!
ギルド前通りから南へ入る、グロリアさんのお店があった通り。あそこは初めて行った時もう夕方で、奥の方の問屋街の店が閉まっていたから全然見てないんだよね。
サンガでは、朝市で買い付けた物に多少の付加価値をつけて売り出すのが問屋街となっている。というのも、朝市に出店する店の7割が生産者の直売店だからだ。食品や素材の出店が多いことからも分かるね。残りの3割がオリーブオイルの店や酒屋のように、ある程度加工済みのものを売る店。だけどそれらも、結局また別の商品を作るための材料として売られているのである。
詳しく見ると、遠方からの出店者から商品を受け取った代理出店の店とか、複数の個人が集まって出店してる店とかも色々あるらしいんだけど、まあざっくりとはそんな感じらしい。
モーンブラーン♪ と機嫌よくずっと歌っているテトを撫でつつ、そんな問屋街に足を踏み入れる。大きくなったテトの頭がすごく撫でやすい位置にくるんだよね、しっくり来る。歩きながら「イオくんの方には行かないの?」と聞いてみたところ、イオなでてくれないもーん、とテトはちょっとドヤ顔をしていた。
確かにイオくんは理由なく撫でない。つまり撫でてほしいテトが絡むなら僕一択と。しかも何気に僕が撫でやすい右側に陣取っているので、ちゃんと考えてるなーと思います。テト、そういうところ賢いね。
「わー、すごい人。朝市ほどじゃないけど、ここも賑わってるんだね」
「通りの幅が広くて助かるな」
問屋街と呼ばれるところは、入ってすぐのあたりはやはり食べ物の店が並ぶ。店頭で実演しながら食べ物を売っているところも多く、ぐるりと見渡したテトがにゃっ! と声をあげた。
ナツ! くり!
「栗? あ、本当だ、甘栗売ってるじゃん」
モンブラン?
「モンブランはないよ。あれは甘栗って言ってね、栗を炒る……んだったっけイオくん?」
「なんで自信ないんだ? そうだよ」
コンビニとかで栗を買うことはあるけど、作ったことなんないから、うろ覚えの知識しかないんだよね。一応、食べる? とテトに聞いてみたけど、モンブランじゃないならいいー。とのお返事。甘栗は甘栗で美味しいんだけどね。
「それより、あっちかな。焼き芋買おうイオくん。3本買おう」
「おー。良いチョイスだな」
「テトは栗が好き、ということはかぼちゃもさつまいもも好きに決まってるのです。なぜなら僕が好きなので!」
「謎の説得力」
やきいもー?
なあにそれって感じのテトに、イオくんがサクッと買ってくれた焼き芋を分けて上げたいけど、まだ熱い……かくなる上は、いでよユーグくん!
「【適温】!」
イメージの力で、やけどしない熱さ! 触っても平気な熱さ! だけど冷めてはいない、ちょうどいい熱さ!
と必死で念じて焼き芋の温度を下げる。……うん、ちょうどいい。<原初の呪文>、ちょっとびっくりするくらい便利すぎて色々助かるなあ。
ホクホクの焼き芋を少し分けて、テトに食べさせてみる。テトは最初、あまいの? きいろいのに? と懐疑的な感じだったけど、一口食べれば目がきらっきらになった。
あまーい!
「でしょー! 僕焼き芋大好き!」
やきいも、やきいも、やーきーいーも! おぼえた!
「お、えらいえらい。もっと食べなよ」
わーい!
テトさんの喉のゴロゴロ音が絶好調です。イオくんも自分の焼き芋食べながら苦笑している。食べながら一生懸命どこがどんなふうに美味しいのかを語ってくれるんだけど、僕以外に副音声が聞こえないので、なんかにゃあにゃあおしゃべりな猫さんになってて微笑ましい。
あのね、なんかねちょっとしてるのがとってもあまいの! おいもなんであまいの? きいろいのにあまいの?
「さつまいもの力だよ、ほらお食べ……」
おいしー!
一心不乱に焼き芋を貪ったテト、真剣な表情でおいも、やきいも、と繰り返して何やらまた歌でも作ってるのだろうか。正直、栗栗モンブランよりインパクトある歌が生まれるとは思わないけど、ぜひ歌ってほしくはある。
さて、テトが考え事している間に僕も……焼き芋美味しいなー! 朝食はおにぎり1個と味噌汁だけにしておいて正解だったね! 芋って結構お腹にたまるからなあ、それにしてもねっとり系のさつまいもってどうしてこんなに甘いんだろう、わからないけどとにかく甘い! 最高!
「イオくんスイートポテトってどうやって作るの?」
「さつまいもの他は、バター、砂糖、牛乳等」
「美味しくなるに決まっている最強の布陣……! やはりスイートポテトは約束された勝利の食べ物……!」
「作るのは良いけどな、テト正気に戻しておけよ」
ちょっと焼き芋ストックしてくる、と買い物に戻るイオくん。そしてまだむむむと唸っているテト。
「テト、焼き芋の歌できた?」
いも……やきいも……おいーしーいー、やきーいもっ!
美味しいの気持ちを溢れさせたテトは、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねるのだった。サイズが大きくなったのでものすごくホコリが舞うようです。
テト、踊りはやめようか!
 




