11日目:ハンサさんのリンゴを求めて
「エーミルさんのお父さん、今後何かのクエストに絡んできそうなんだよね」
「分かる」
そんな話をしながらてくてく歩いて、さあ、今日のメインイベント! ハンサさんにもらったショップカードのお店へ!
「えーと、水辺通り6番地、川のせせらぎ亭」
「昼の煮込み料理の店から4軒隣だな」
「んー、あれ? 花屋さんじゃない?」
「メニュー看板出てる。2階だな」
ごはんー?
イオくんに抱えられたままのテトが、ぴょこっとイオくんの肩に前足をのっけて後ろにいる僕に向けて身を乗り出す。
「そうだよー、美味しいお店教えてもらったんだ。テト、甘いものだけじゃなくてご飯も好き?」
ごはんもすきだけど、あまいのがいちばんすきー。
「ぶれないなあ」
「あー、ナツ、テトは難しいかもしれん。お任せコースのみだこの店」
「えっ。……ほんとだ、お任せコース1人20,000G……」
なるほど、ディナータイムだもんなあ。ちょっといい店はコースになるか……。うーん、でもご飯を楽しみにしているテトに食べられないよっていうのはちょっと忍びないな……と思っていたら、イオくんがテトを掴んで視線を合わせ、
「テトは夕飯無しだ。ホームに戻っていなさい」
と一言。
がーん! とショックを受けるテト。イオくん思い切りが良すぎないか? と思っていたけど、続きがあった。
「その代わりケーキ買って帰るから、ギルドで食べろ」
ケーキ……あまいの?
きょとんとしたテトの視線が僕に向く。僕はこくこくと頷いた。
「テトの好きな甘いのだよ」
じゃあいいよー。
「……ちょっと心配になってくるなテト。それでいいって」
「よし、ホームに戻ってろ」
はーい。
イオくんがそのまま僕の方にテトを差し出したので、受け取る。テトは良い子のお返事をしてからホームへと戻った。テトめっちゃあっさり言う事聞くじゃん。さてはすでにイオくんに逆らってはならぬってことを学んだな、賢い。
緩やかな螺旋階段を上って二階、「川のせせらぎ亭」は上品な別荘のような店だった。
扉を開けるとふわりと香る、バターの最高に良い匂い。「いらっしゃいませ」と近づいてくるウエイトレスさんは……猫獣人さんかな? 明るい茶色の髪の元気そうな女性だ。
「2人なんだが、席は空いてるか?」
「はい、2名様ですね。こちらへどうぞ」
通された席は川が見える窓際の席で、橋の街灯がきらきらと輝いている。やけに明るいけど、魔道具なのかな?
「ディナーはお任せコースのみとなっております」
僕たちが座ると、ウエイトレスさんがコースの説明をしてくれる。アレルギーの有無や苦手な食材などを聞かれたけど、僕は何が出てきても食べられるので全部お任せにして、イオくんはパクチー系の臭みの強い野菜が苦手だって話をした。
コースは前菜、スープ、魚料理、口直し、肉料理、デザートと出てくるらしい。「フレンチコースだな」とイオくんが納得したように頷いたわけですが、へーそうなんだ? 正直日本の一般家庭に育った僕としては、フレンチと言われてパッと思いつくメニューがあんまりない。マリネとか? カルパッチョ……はイタリアだっけ?
よくわかんないけど美味しければそれでいいと思います。
前菜を持ってきたウエイトレスさんが、
「トラベラーさんがいらっしゃるのは初めてです、当店は少し分かりづらいところにありますが、迷われませんでしたか?」
と話を振ってくれた。よし、今こそハンサさんの話をするチャンス。
「実は、イチヤでお世話になった農家の方が、こちらにリンゴを卸しているといっておすすめしてくれたんです」
「まあ、お二人はハンサ様のご友人ですか?」
「僕はナツ、こちらはクールな僕の友達のイオくんです。ハンサさんから、ヴェダルによろしくとのことです」
「あら、ふふふ。私はヴェダルの妻のシエラです。ヴェダルにも後で挨拶させますね」
シエラさんは楽しそうに笑って、そんなことを言った。忙しいなら別に無理してきてくれなくても良いんだけど、会えるなら会いたいかも。ハンサさんが気に入ってるみたいだったしね。
店内には僕たちの他に2組のお客さんが居て、1つは家族連れで、もう1つは女性2人組だった。どちらも住人さんで、女性たちの方はさっきからイオくんをちらちら見てるんだけど、イオくんは完全にスルーしている。こういうお店だから声をかけてくるような無作法な人はいないけど、こういう反応はリアルでも割とあるので慣れっこだ。
このお店、ラリーさんのグルメガイドにも載ってたんだよね。なんか、サンガでは年に1回グルメコンテストみたいなのを開催してシェフの腕を競っているらしいんだけど、その優勝候補の一人がヴェダルさんなんだって。素材の味を丁寧に生かした料理が得意とか色々書いてあったけど、ハンサさんのリンゴがどう生かされているのか気になるね。
デザート何が出るかな? なんて話をしたら、イオくんに「気が早い」と言われたけども。だって甘いもの大事だよ、テトにも買って帰らないとだし。
「お待たせしました、本日のスープはかぼちゃのポタージュです。パンと一緒にお召し上がりください」
ちょうどオードブルを食べ終えたあたりでスープを出される。
そうそう、オードブルも美味しかったよ。ポテトサラダに色々な肉や魚を乗せた、1口サイズの見た目が色鮮やかな料理だったんだけど、どれもめちゃくちゃポテトサラダに合う味付けであっという間に食べてしまった。彩りに乗せられたサラダにかかってたドレッシングも、野菜をすりおろしたクリーミーなやつで僕の好きな味。イオくんがめちゃくちゃ<鑑定>してたから、そのうち近いものを作ってくれそうだ。
そしてかぼちゃのポタージュ。
「んー、甘いねえ。凄く優しい味で正直いくらでも飲めそうな軽やかさ……」
「美味い」
「イオくんもうちょっと頑張ろうよ」
食レポ完全に諦めているイオくんは、僕に向けて肩をすくめてみせた。いや、イオくんイマイチだったら素直にイマイチっていうから、美味いって言うからには本当に美味しいと思ってるんだろうけどさ。
「ナツはかぼちゃ好きだよなあ」
「食事にもおやつにもなる万能野菜だよ? 存在そのものを褒められるべき野菜だと思う。さつまいもも同じく」
甘く煮るのも好きだけど、パンプキンパイは実に良いものだし、天ぷらにしたかぼちゃの美味しさについては小一時間語りたいところだ。天ぷら最高。でも一人暮らしで天ぷらは危ないからやめなさいってお母さんに言われてるからなあ。
そんな感じで食事は順調に進み、タイのポワレ、口直しのベリーソルベ、メイン料理のグラスシープのデミグラス煮込みと美味しく食べていく。特にグラスシープ! イオくんがいうには、そのままだと結構クセのある肉らしいんだけど、デミグラスソースで煮込まれたこのお肉がめちゃくちゃ柔らかくて、口にいれるとホロホロ崩れるほどの舌触り。溶けるように消えていくんだからまるでマジックだよ。
「ナツが無言で食べてる……だと……?」
「余韻を堪能してるので」
「いや、わかる。これめちゃめちゃ美味い」
「だよね、信じられない美味しさ。凄まじい柔らかさ。何時間煮込めばここまでになるのかわかんない。ちょっと僕の理解を超えてるけど、とにかくめっちゃ美味しい」
僕の語彙力ではこれ以上のことは言えないので今度表現力を鍛えておきたいところです。最高に美味しい。これ作った人にワイバーンの肉でなにか作ってほしいよホントに。
イオくんはこれも丹念に<鑑定>してなんとか再現できないものかと考えている。作るならリアルでお願いしたい。でも向こうで羊肉ってその辺のスーパーでは売ってるものなのかな? 僕は鶏肉と豚肉と牛肉しか買ったことないからわかんないなあ。
大絶賛しながらメインのグラスシープを食べ終えた僕たちのテーブルに、一人の男性がワゴンを押してやってきた。黒髪のヒューマンさん、ガッシリとした体格の、ちょっと目付きの鋭い感じの男性。年は……うーん、25歳くらいと見た。
「この店のシェフのヴェダルだ。ハンサ様の知り合いと聞いて挨拶に来た」
「ヴェダル、お客様には敬語を使いなさい」
「……ご挨拶に参りました」
後ろからシエルさんに釘を刺されている。力関係が見えたぞ今。
「初めまして。俺はイオ、こっちは相方のナツだ。ハンサのリンゴを使っていると聞いたが、あのリンゴをどれだけ生かせるのか興味がある」
そしてイオくんは敬語など一切使わないスタイルを崩さない。まあ僕も人によって敬語使ったり使わなかったり使い方曖昧だけどね。
「ヴェダルさん、グラスシープすごく美味しかったです、口の中で溶けるみたいに柔らかくて。あとデミグラスソースが濃すぎなくて良いバランスでした、ちょっと爽やかな感じというか」
「ありがとうございます」
ヴェダルさんは僕の言葉に少しだけ微笑んで、ワゴンから皿を僕たちの前に置いた。リンゴだ。
「こちら本日のデザート、リンゴのカラメリゼの生クリーム添えです。ハンサ様のリンゴは本当に美味しいので、素材に負けないように味を調整するのがとても難しいんです。ぜひご賞味ください」
おお……黄金のリンゴ……。
カラメリゼ、ってことはカラメルソースだよね。香りからして甘そうだけど、そこまでねっとりした感じでもない。一口食べると、まずリンゴの爽やかな甘み、そしてカラメルの香ばしさが広がる。あ、美味しい。甘さ控えめでリンゴの旨味をちゃんと引き立てている。これが品質★8のリンゴの力……!
「これはすごい」
と思わず語彙を失う僕である。いや諦めるな、なにか言うのだ、僕は食レポの出来る男……!
「このリンゴを他のフルーツと混ぜちゃうと……他が負けるんだろうなっていうのがすごく、わかりますね……」
「強いな。ごちゃごちゃ味付けしても全部飲み込まれそうだ。このくらいシンプルな方がいいのか」
「いっそ焼いただけでも美味しいと思う」
「さすがハンサ」
流石本職のシェフ。ここまで美味しくしてしまうとは。
……あ、待って。今確認しておかないと。
「すみません! これお金払うのでテイクアウトできませんか!」
テトに! 家の契約獣に食べさせたいです!
僕の勢いに軽く驚いたヴェダルさんは、シエラさんに目配せしてすっと下がる。本当にこれ届けるためだけに来てくれたらしいねヴェダルさん、ありがとう! 美味しいもの作る人は褒められて感謝されるべき!
「こちらがテイクアウト可能なデザートの一覧となっております」
「なるほど。全部ください、3つずつで」
「かしこまりました、ご用意してまいりますので、少々お待ち下さい」
デザートの大人買いをした僕に、イオくんはすっとギルドカードを差し出した。共有財布から出せという意味らしい。ありがとう社長、そうだね必要経費だね。
……イオくんって自分はそこまで甘いもの好きじゃないのに。テトと僕に甘すぎないかな、と思う今日このごろです。
明日はお休みです。




