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1日目:肉が優勝ってことで!

 お値段が良心的で量もそこそこ多く、おまけに味もなかなか……という、夕暮れの森亭で夕食を食べ終えた僕たちは、早速生産の為に買い物に繰り出す。

 ちなみに夕暮れの森亭はどの定食も一律800G。味はファミレスレベル。唐揚げ定食はちょっとエスニックな味付けで美味しかったよ。


 まず優先順位はイオくんの調理用品と僕の木材だ。せっかく西側に来ているので、食材から買いあさる。

「スープと丼物がストックできるといいな」

 と材料を考えているイオくん。食費は共有財布から出るので吟味している様子。

「まずお米だよね」

「あと小麦粉だな。これで大抵のものはどうにかなる」

「小麦粉……パン焼くの?」

「ナツ、お前の大好きなクッキーもパウンドケーキも小麦粉からできるんだぞ? あとピザとかシチューにも使うだろ」

「アッハイ」

 小麦粉=パンという認識しかなかった僕に、子供に言い聞かせるような話し方で諭すイオくん。そうだね確かにお菓子も小麦粉だよ……シチュー……そういえばホワイトソースの作り方を小学生のころに家庭科で習ったような……?

 僕が遠い昔に思いを馳せている間に、イオくんは米を20kgと小麦粉を10kg購入した。その他塩・胡椒・砂糖などの基本的な調味料をさくっと購入。迷いが無い。

「うまみ調味料が無いんだよなー。そのへん、出来上がりには融通利かせてくれるんだろうか」

 とかぼやいている。

 続いて店員さんに野菜と肉と魚のお店を尋ねて、肉と魚は隣の店を、野菜はギルド広場寄りの店を紹介された。ギルド前通り沿いの店ばかりなので、ショップカードは無い。

「ナツ、行くぞ」

「はーい」


 隣に移動して、様々な魔物肉が売られているのを確認し、少量ずつ気になったものを購入。ツノチキン、コブ牛、ワイルドビッグ、ハニーラビット……お、フォレストスネーク? 蛇行っとく? ねえイオくん蛇、蛇チャレンジしようよ蛇。

「ナツ。蛇は、食べない」

「そんな嫌そうな顔しなくても」

「食べない」

「いやでもちょっと興味……」

「食べない」

「わかったから、買わなくていいから。こっちのグラスシープどう? 羊だよ」

「それは買おう」


 イオくんは食に関しては冒険しない派のようだ。まあ僕もどうしても食べたいわけじゃないし、<調理>するのはイオくんだから食べさせてもらう分際で文句は言うまい。

 イオくんはその後、フルーツ魔牛(イチヤのフルーツで育てた甘いブランド牛)というのに視線を釘付けにした後、ものすごく欲しいという顔で僕をじっと見たので、笑顔で頷いておいた。高い買い物するときは話し合いが大事、相談されてOKするのと無断で購入されるのではこっちの心情もかなり違うのだ。イオくんはそういうところマメなので大変気が合います。

「よっしゃステーキ丼作るぞ!」

「最高では!?」


 魚については僕、食材としては詳しくないんだよね。サメ映画好きだから鮫とかシャチとかでっかい魚は好きなんだけど。釣りはやったことないしなあ。水族館? ペンギンかわいいよね。

「魚は普通に魚の名前だな」

 とイオくんが言うように、切り身で並んでいるのはシャケ、ヒラメ、アジ、マダイ等等。肉はチキンじゃなくてツノチキンっていう魔物なのに、魚だと普通の魚ってことだよね。とりあえずシャケは塩焼きが鉄板、アジもフライが旨い。季節感とかどうなってるんだろう、サンマは秋だったっけ? そもそもナルバン王国って四季あるんだろうか。


「海とか、水の中の魔物っているのかな?」

 と僕が素朴な疑問を口にすると、魚屋のおじさんが「いるよ」と普通に教えてくれた。

 海の魔物は大型ばっかりで、小さい魚とか貝は魔物化してないんだって。だから魚屋で卸しているような小さい魚は普通の魚で、1Mくらい大きくなると魔物化したものが出てくるんだとか。川にはそこまで大きな魚がいないから安全なんだけど、海は結構危険らしい。

「マルマグロとか爆弾フグとかが有名だな。あいつら強ぇぞ」

「爆弾……。あ、海は普通に行けるんですか?」

「海路は道としては判断されねえみたいで、海に出た船は港に戻れるんだ。ただ、ゴーラには島がいくつかあってな、陸地に降り立つと呪いが発生する。あそこの島にも住んでるやつらがいるはずだから、何とかしてやってほしい」

「島、ですか。なるべくがんばります」

 へー、海は道じゃない、かあ。

 じゃあ湖とかも迷わず泳げるのかな? あくまで足の着く陸地が条件なら、例えば翼のある種族なんかがいた場合空は迷わず飛べるんだろうか。

 僕がそんなことをぼんやり考えている間に、イオくんはシャケとアジとマダイを購入。肉ほど量は買わないらしい。


「魚料理難しいんだよな。スルメ食いたい」

「出されればなんでも美味しくいただくけど、種類とか詳しくないし、寿司は新鮮な魚しかダメだって聞いてる。スルメ僕も食べたい。ゴーラ行ったらあるかな」

 生食は食あたりとかも怖いから、無理して自作しない方がいい。ゲーム内でどのくらい再現されるのかわかんないけど、ゴーラに行けばちゃんとしたお寿司屋さんもきっとあるでしょう。プロに任せればよいのである。


 肉と魚の店を出て、次に野菜の店に向かう。

「ナツは寿司にはそんなにこだわり無いよな」

 と雑談を振られたので、「そうだねー」と少し考えた。寿司は高級な食品なので、お祝い事のイメージが強くて、普段そこまで食べたいって感じにはならないかも。

「僕、どっちかっていうと肉派だからなあ」

 魚も好きだけど、地球最後の日に何食べる? って言われたらかつ丼って言っちゃうと思う。次点ですき焼き。焼肉もしゃぶしゃぶも美味しい。これは実家の食習慣によるものだと思う。波多野家はお祝い事にはケーキ、豪華な食事と言ったらお肉なのだ。

「イオくんは?お寿司好き?」

「そりゃ好きだけど。うちの両親が好きで何かにつけて食ってたイメージ強いから若干の忌避感もある」

「あー」

「美味いのは美味いんだけどな。敢えて選んで食うかって言われると」

 イオくん家の家庭の事情ってやつだねえ。


 この気が利くし優しいし頭も顔も運動神経も良し! なパーフェクトイケメンのイオくんは、ご両親との折り合いが悪い。

 どちらかが悪いって話ではなくて、なんというか徹底的に合わないんだと思う。考え方や価値観の相違は、なかなか埋めるのが難しいし、どっちかが折れることで保たれる関係性って上手くいかないものだ。

 イオくんのご両親は結構大きな会社の経営者で、結婚当初から夫婦と言うよりビジネスパートナー的な関係性だったらしい。二人ともワーカホリックで仕事が一番な人種だったから、3人も子供を授かったというのに家庭を省みることが無かった。

 子育てはお手伝いさんに丸投げ、学校での成績表には目を通すけど、学校行事には参加しない。習い事は将来役に立ちそうなことを優先的に。どうしても習い事を辞めたいとか、逆に別の習い事をしたい場合にはプレゼンが必須で、ご両親が理由に納得しない限りは却下される。親子と言うより上司と部下みたいな関係だ、とイオくん自身が言っていた。

 僕には想像できないような世界だ。うちはごく普通の一般家庭だし。

 そんな家庭環境でどれだけ優秀な成績をとっても褒められることなく「もっとがんばれ」と言われ続けたイオくんは、中学生のころすっかりひねくれた。グレなかったのは頭が良かったので不良になることのデメリットを把握していたからと、2人のお兄さんが普通に弟としてかわいがってくれたおかげ、なんだとか。

 色々とあたりの強い理不尽なご両親から、2人のお兄さんたちが頑張って守ってくれていたんだって。両親が褒めないことはお兄さんたちが褒める。両親に何かプレゼンするときはお兄さんたちも加勢する、ってな感じで、3兄弟の仲は良かった。でも中学生のイオくんはお兄さんたちほど大人の考え方はできずに、両親に対する鬱屈したイライラをどこかに吐き出すことにしたのだ。

 それがVRゲームというわけ。

 そりゃあ、力でなんでも粉砕する熊にもなるってなものだ。


 今でこそイオくんは一人暮らしをしているから心も穏やかだけど、出会ったばかりのころはハリネズミばりにとがっていた。

 まあ人様の家庭の事情に頭を突っ込む気はないので詳しくは聞かないけど、言葉を濁すイオくんの様子を見るに、ご両親とはかなりの確執があるらしい。僕としては、友人の心が穏やかであればいいと思うので、この世界で寿司を求めるのはやめておこうと思う。

 肉が優勝ということで! 


「お、ここだ」

 八百屋さんはギルドの近くだった。売っているものもごく普通の野菜や果物で、季節感はほとんどない。なんでも売ってる感じだ。

 イオくんはあんまり悩まずに、キャベツ、玉ねぎ、にんじん、きのこ、とかごにぱぱぱっと入れていく。きのこ、種類が書いてない。きのこはきのこ、と言わんばかり。見る感じシメジっぽいんだけど……。


「海外では種類で分けないらしいしな、まあたぶんシメジだろ」

「シイタケ欲しいね」

「マイタケもエノキもエリンギも欲しい」

「きのこごはん……」

「醤油は見つけてねえんだよ」

「ああ……」

 じゃあ仕方ない。僕が一人でしょんぼりしている間にも、イオくんはパプリカ、ほうれん草、もやしをかごに入れ、ジャガイモを吟味し、カブの前で迷い、ついでのように売られていた卵を嬉々として買い込む。卵は万能、卵は偉大。

 いいとも箱で買うべし買うべし!


「良し、これだけ買えば十分だろ」

 一通りの買い物を終えたイオくんは満足そうだった。うん、たくさん買ったしね。

「次は食器? 木材?」

「ナツは彫刻用の道具揃ってんのか?」

「初心者用のがあるよ」

「じゃあ、レンガ道通りに食器とか売ってる場所があるか探すか」

 そういえばレンガ道通り、ギルド前広場からまっすぐ南へ延びる通りについてはマッピングがまだだった。まだ時刻は午後7時を回ったくらいだし、今から急いで見て回れば閉店前に一通りは把握できるはずだ。

 さてさて、何が売ってるのかな?


「お、このコートいいな。丁寧な仕立てだ」

「街着かあ、そういうのもあるよねえ」

 レンガ道通りのギルド側の方は、被服店の並びだった。コートの専門店、帽子専門店、ワンピースの並ぶ女性向けの店や、男性用のシャツやズボンの店、冠婚葬祭用の礼服の店まである。あっちは古着屋さんで、こっちはオーダースーツの店かな?

「そのうち装備の外見が変えられるようになるのかな。それとも、一瞬で衣装チェンジできる機能とか解放されたら、すごく需要が出そう」

「フィールドと街で衣装を変えたい奴もいるだろうしな。俺も、資金に余裕が出たらちょっとほしい」

 太ももくらいまでの長さのキャラメル色のトレンチコートをじっと見つめてイオくんが言う。うんうん、イオくんこういうの好きだよね、知ってる。カチッとした服似合うしね。


「あ、向こう雑貨屋さんだよ。地球儀みたいなの売ってる!」

「天球儀だ、星座だよ。……リアルで売ってるのとは星座も違うんだな」

「イオくん物知りだよねー。なんなのイケメンは博識じゃないといけない決まりとかあるの?」

「普通に褒めてくれ」

「色々知っててえらい!」

 僕がそう言うと、イオくんは満足げに頷いた。このくだり何十回もやったやつなんだけど、イオくんこのやり取り好きっぽいのでついやっちゃう。まあお決まりの茶番ってやつ。

「文具店、リボン? 布製品のお店かな。あ、向こうは刺繍糸売ってる」

「カーテン、クッション、だいぶ家庭用になってきたな。家具屋があったら木材売ってないか聞いてみるか」

「あ、あそこ! あそこ家具屋さんだよ」

 レンガ道通りの真ん中よりやや門寄りのところにあったのが、「イリナ家具店」と「キガラ住宅建設」のお店。どちらも木に縁がありそう。

 時間帯のせいか家具店のほうはすでに閉店していたけど、キガラ住宅建設の方はまだ明かりが灯っていた。こういうお店があるってことは、今後プレイヤーの拠点としての家は実装するのかもしれない。でも定住はあまりよくないから……街とは関係なく、プレイヤー拠点専用のサーバーを作って完全に分けるとか?

 拠点は欲しいけど、主に倉庫として利用することになりそうだなあ、とか僕が考えている間に、イオくんはキガラ住宅設備のドアを開けて中を覗き込んだ。行動が早い。


「すまん、誰かいるか?」

「おう、この時間に来客は珍しいな、どうかしたかい」

 店の奥から顔を出したのは、大柄な鬼人さんだった。額から角が生えているからすぐにわかる。通常の鬼人さんは角1つだけど、王族だけ2つ角が生えてるらしいよ、公式サイト引用。

「俺はイオ、連れはナツだ。今日こっちに来たばかりのトラベラーなんだが、連れが<彫刻>スキルを持っていてな。木材を売ってもらえないか?無理なら、売っている場所を教えてもらいたいんだが」

「へえ、<彫刻>か。しかも魔術式の方だな、珍しい」

 鬼人さんは僕をちらっと見てスキルを言い当て、その流れで「俺はキガラだ」と名乗ってくれた。やはりこちらから名乗ればたいていの人は名乗ってくれるっぽいな。


「練習をしたいだけなので、そんなに立派な木材じゃなくていいんですけど、余っているものがあったらお願いします」

 僕もぺこりと頭を下げておく。必要なのは僕だからね。

「ん-、そうだな。仕入れ先の木こりは少量では売らないから、端材でよけりゃ売ってもいいが……ひょっとしてトラベラーさんには需要があるのか?」

「ありますよ」

「あるな」

「マジか」

 初期から選べる生産スキルは<調理><彫刻><調合><裁縫><鍛冶>だ。人気は偏っているだろうけど、検証の為だったり興味本位でだったりで<彫刻>を選ぶ人もそれなりにいるだろう。


 アナトラでは行動によってスキルが発生することもあるから、例えばリアルで絵を描くのが好きな人がゲームの中で絵を描いたら<スケッチ>や<ペイント>のスキルが出るらしい。あとは、特定の住人さんからしか習えないものとかもあるんだそうだ。

 でも、特に何がやりたいとか、何のスキルを出したいとかが無い人は、初期に取れるスキルから適当に選ぶことも多いだろう。そう考えると、<彫刻>スキルを持っているプレイヤーは少なくないはず。


「端材を袋にまとめて、1袋いくら、みたいに売り出せば、多分売れると思いますよ。とにかく練習用なので大きさとかバラバラでいいので、それなりの量が欲しいです」

「なるほど。それなら明日からちょっと売ってみるか」

 キガラさんは30センチ四方くらいの大きさの薄手の袋に、適当に木材の端材を入れて「これでいいか?」と差し出した。これすごくビニール袋っぽいけど、ビニール袋じゃない手触りだ。

 なんだろうこの袋。

「ありがとうございます。おいくらですか?」

「相場がわかんねえな」

 うーん、と考えた後、キガラさんは「飯一回分ってとこか。800Gでどうだ?」と提案してきた。たくさんもらったのにそんな安くていいのかなーと思いつつ、喜んで支払う。ついでに袋について尋ねると、なんとスライム素材なんだそうだ。


「ゴーラの海にいるウミスライムが、年に何回か大量発生するんだ。倒すと手に入る「スライムの表皮」ってアイテムから、ゴーラで大量に作ってる袋だ」

「便利そう」

「まあ、便利だな。薄っぺらく見えて丈夫だし。ただ、丈夫なせいで破れないから、余ってんだよ」

 それはまた一長一短な感じだな、と思いつつ、僕は木材をインベントリにしまう。<魔術式>スキルが点滅して新しい情報があるよと訴えているから確認すると、「商売繁盛のお札」と言うものを新たに覚えていた。なんか見覚えがあるなと思ったら、「商売繁盛のお守り」というのもあって、その上位互換っぽい。

 お札の上もあるんだろうか。でも「なんとかのお札」はまだグレーアウトしているから、<彫刻>レベルが上がらないと作れなさそうだ。


「もっといい木材が欲しくなったら、ハンサさんだな。果樹園をやってる御仁だが、あの人の果樹園は一角で植林もしてて、加工なんかも一手に引き受けてるからよ。量は要らねえが小さくて良い木材って言ったら、あの人のとこだ」

「ああ、ハンサさん……」

「なるほど、NINJAか……」

 僕とイオくんはインベントリの中に入っているリンゴに思いを馳せた。いやほんとなんなんだろうあの人、ミステリアスすぎる。

 でも<彫刻>レベルが上がったら行ってみよう。

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